成熟社会を生きる

1月 8th, 2006 § 0 comments § permalink

「家造り」のところを読んでいれば、アネハをくらうことはなかったんじゃないかと思うのです。想像で暴言を吐きますが、偽装が巧妙だったからではなく、家というものにたいする無関心があったからではないかと。家がほしいのなら、家に関心があるはずなのです。それがまず初めに「家を持たねばならない」ということがあるから、無関心なのに同時に冷静さを欠くという奇妙な事態に陥ります。結果、見えるはずのものが見えなくなる。

新憲法草案の前文で中曽根氏の書いた案がまったく通らず、氏が激怒した、と。昨年11月の自民党党大会での話です。その案を読んでみたのですが、愛国者の私は倒れそうになりましたよ。こんなもの採用されなくて当然でしょう。「美しい島々」「国を愛する国民の努力によって日本を守る」「和を以て尊しとなす」云々云々。国民をなめているのでしょうか。日本が「美しい島々」なんてことは、あえて憲法に書かれるまでもなく周知の事実です。なぜそんなことをわざわざ盛る必要があるのでしょう。

勘違いしてはならないのは、憲法は国民ではなく、国家を律するためにあるということです。国家というのは日本国そのもののことではなく、権力機構としての国家のことです。そして私は間抜けなことに、中学で公民、高校で倫理政経の授業を受けたにも関わらず、それを知りませんでした。もしそれを知らないままだったら、中曽根氏の前文を賞賛することができたのでしょう。

本書は中高生向けの教科書という体裁で編まれていますが、その目的は「よのなかのルール」を教えることではなく、「よのなかのルール」を知り、その中で生きていくにはどうすればいいかを考えよ、議論せよ、と説くことにあるように思えます。ゆとり教育はそれ自体に誤りがあったのではなく、ゆとりを振る方向が違ってた、ってことかな。ゆとりがダメだったから詰め込み再び、ってのも芸のない話で。すみません。素人は黙ります。

Where Am I?

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