働くのがせいいっぱい

12月 9th, 2004 § 0 comments § permalink

お金という事に関してはかなりギリギリのところまで来ていると考えられる。

あまりに何も知らないので、会社で通信講座を受けたりしているのだが、今一つピンとこない(会社で通信講座といっても、仕事に関係があるわけではない。JRの運転士がジャンボジェットの仕組みを学ぶようなものである。全日空に転職することがあれば、もしかすると役に立つかも知れない。なんでそんなことを会社が社員にやらせるのかというとつまりは、迷走ということなのだろうなぁ。まぁそれは置いといて)。例えばテキストには次のようなことがさらりと書いてある。

ある商品を特定の数量、将来の一定の日に、現在定める価格で売買する契約。諸条件がすべて標準化、定型化されており、その取引は取引所で行われる。

何のことはない先物取引であるがこれではさっぱり分からない。うっかり手を出してしまいそうだ。

取引中は、追証はまだ発生しないかと、いつも気にしていなければならない。営業マンは執拗だから、じっくりマイペースなんて、ネット取引でも無理。客に無断で売買してないかなんてレベルの心配さえしなきゃならない。

知りたいのはむしろこういうことではないか。

まぁこれは極端であるにしても、知らないと困ることは本当に多い。預金も投信も生保もダメ。結論としては1千万円ゆうちょに入れて、残ったお金で株を買え、といったところか(そして買ったことを忘れてしまえ)。当たり前といえば当たり前。銀行も証券会社も保険会社も、儲からんことはやらんよなぁ。

生存というリスクを抱えている以上、完全に無頓着ではやり過ごせない。本気で年金をあてにしないのであれば、こんな悠長なことはしてられないだろう(あれだけ納めててゼロってことはないと信じたいが、問題は文字通りの意味で国家というものに対する信仰のレベルに達しているかも知れない)。

給料手取りで十万円なんていう時代がまた来てしまうかも知れないし、最小限度で暮らすための技術とお金なしでも得られる強度が必要になってくるだろう。いや、すでに求められているのか。静かに生きていきたいけど、ただ静かに生きていくのはとても難しい。リスクがゼロ(というのはつまり、完全に予測可能ということ)の人生ってのはちょっとありえないだろうしね。あり得るのかも知れないけどそれはちょっとね。かも知れないとしか言ってないですね今日は。

描く能力

10月 18th, 2004 § 0 comments § permalink

駅前マイカルのビレッジヴァンガード姉妹店で見つけましたエド・エンバリー。ソニープラザで売られているのですね。この本と幼少の頃に出会っていれば、私の人生は変わっていたでしょう。歴史は動いていたでしょう。翻訳本の初版は1980年。ちょっとのところでスルーしてしまった世代です。

絵が描けない人にとって絵を描くというのは存在の根源にかかわる問題です。なぜ描けないのか。いや、むしろ、なぜ描けるのか。

絵というのは二次元である以上、三次元をそのまま写実したものではありえません。二次元と三次元とでは、文字通り「次元が違う」のです。知覚して変換したものを紙上に写し取っていく。これができないのは知覚か変換かに問題があるからです。いや、むしろ、これができるのは知覚と変換が異常に優れているからです。

エド・エンバリーは絵を描くという作業をシステム化しました。○や□といった簡単な(□はともかく○は「簡単」とは言い難いですがそれでもやはり簡単です)図形を組み合わせて、複雑な画像を構築するシステムです。つまり、三次元を二次元に変換するのではなく、二次元を二次元から組み立てるのです。

これにより、いま目の前にある消防自動車は描けなくても、単なる消防自動車は描けるようになります。三次元を二次元にするのは無理でも、絵を描くことは可能なのです。実際絵の描ける人が、この方法(のバリエーション)で描いているかどうかは知りません。でも、どんな方法にせよ、描けるというのはうれしい。めでたい。ビジネスシーンでも大活躍。会議資料の裏に消防自動車やカエルや人の顔をたくさん描きます。同僚から目をそらされたって平気です。

絵が描けない人にとって絵を描かされるのは真の恐怖です。泳げない人がプールに放り込まれるようなものです。飛べない人が崖から突き落とされるようなものです。まさに生き死にの問題です。でも、もう大丈夫。僕はもう大丈夫。

と思ったのも束の間、新しい問題が発生します。この「単なる消防自動車」って一体何なのでしょう。いま目の前にある消防自動車と単なる消防自動車とは、どういった関係にあるのでしょう。まったくの無関係なのでしょうか。エンバリーはこの関係を超越してしまったのでしょうか。エンバリーがエンバリーの手法でエンバリー自身を描いたらどうなるのでしょう。

もう眠られません。

それから、翻訳があるにもかかわらずあえて原書を購入したのは、私の英語が素晴らしくて外国人にも「オー!ユーノエイゴ、ベリースバラシイネ。ミーノクニノ、ヒトカトオモタネ」と言われてしまうほどだからです。超語学力だからです。安かったからではありませんので念のため。ペーパーバックで表紙とかペナペナで悲しい思いをしているわけではありませんので、念のため。

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