醍醐寺

11月 21st, 2009 § 0 comments § permalink

またしても半年ぶりですね世界遺産シリーズ第五回、醍醐寺です。京都市営地下鉄東西線醍醐駅から歩いて十分くらい。「地下鉄→大規模商業施設→新興っぽい住宅地→寺」というマニアには堪らない流れです(何の)。

メインは国宝五重塔です。実際、五重塔しか見てません。入場料ケチってません。

最上層には店主(ラスボス)が

最上層には店主(ラスボス)が

暗雲立ちこめてますね。931年建立だそうで、先の戦争(応仁の乱)の禍を唯一免れています。歴史ですねぇ。

お次は弁天堂。かわいらしいですね。1930年築とのことで、ほぼ新築ですね。将来はこういうおうちに住みたいわぁ(はぁと)。

※注:模型ではありません

※注:模型ではありません

さて、最後は亀の画像でお楽しみください。

問題:亀が二匹写っています。

問題:亀が二匹写っています。

はてさて、どこかな?

正解:わかるかっちゅうねん。

正解:わかるかっちゅうねん。

まだ、すこし時間がある

11月 19th, 2009 § 0 comments § permalink

まずはアントニオ・タブッキの「新作」が出版されたことに万歳。そしてテーマはたぶん「死」。寓話はエピローグから始まり、推定主人公ガリバルドは額に銃弾を受ける。「国王、くたばれ!」

続く第一章冒頭でガリバルド(もともとの名前はヴォルトゥルノ。父の死後ガリバルドを名乗る)は父ガリバルドの死に臨む。死とは何か、よくわからないと思っているところで、父ガリバルドが棺桶から起き上がり一晩中、人生とは何かについて息子ガリバルドに滔々と語る。そして死ぬ。死はやはりよくわからないものとして残される。

ちょっとしたヒントは示される。ガリバルド(もともとの名前はヴォルトゥルノ。父の死後ガリバルドを名乗る)の伯父にあたるヴォルトゥルノ(ガリバルドの兄)が教えてくれる。

ある日、クワルトがやってきて、栗毛の馬からおりもせず、戸口から顔をのぞかせた。ヴォルトゥルノは今まで感じたことのない不安を感じた。それは死んだ後に感じるはずの、いやしようのないノスタルジーだった。

死に対する恐れというのはこのノスタルジーなのではないか。われわれは生まれながらに臨死している。それは生きているものはいつか死ぬという死の先取りのみならず、生まれる前は死んでいた、つまり生に先立つ死の記憶をも意味するのではないか。生の反対は死ではない。われわれの生にはすでに幾分かの死が含まれており、生は、生と死の合い挽きミンチなのだ。だからフランス人は言うのだ。さよならをいうのは少しのあいだ死ぬことだ。

あれ?逆か。生れた後に感じるはずのノスタルジーだな、これじゃ。まぁ同じことか。ヴォルトゥルノもエスペリアに、結末からはじまる逆さまの話を聞かせていたというし。

後日談直前の最終章は「ひとの死は、金で買えるものじゃない」。当たり前です。肉屋で「挽肉の肉だけ売ってくれ」って言っても無理ですしね。何が入っているのか、知れたものでもないですし。

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