期待されることは必ず起こる

4月 8th, 2009 § 0 comments § permalink

ナイフ投げ師ときいただけで、これはもう、刺さるしかないのである。

ナイフ投げ師ヘンシュが私たちの町に立ちよって土曜の晩八時にただ一度だけ公演を行うと聞いたとき、私たちはどまどい、自分の気持ちもうまくつかめなかった。

嘘である。ナイフは刺さるのである。それ以外はありえない。欲望ですらない。事実が、ただ眼前に提示されているのである。その唯一の期待にミウハウザーはいかに応えるか。ナイフ投げる、刺さる、ミルハウザー。これに優る快楽が短編小説に見つかるか?

同様に、気球飛行ときいただけで、飛び降りたくなる。パラダイス・パークときいただけで地獄である。夜の姉妹団ときいただけで、いかがわしい秘密に塗れた少女たちの儀式でしかないのである。

夢ではない、偽ではない虚でもない。魔術という名の現実に、圧倒的な迫力に、ただただ飲み込まれるばかりなのである。

追記的に書いておくと、「ある訪問」はどうしようもなく遣る瀬無いよ。こういう類いの幻滅というかおぞましさというかある種の愛情は年を取れば取るほど薄まってはいくもののなくなることはない。たぶん。時々思い出す。で、「なんでそうなるのかな」と口に出してみたくなる。

めんどくさい

4月 4th, 2009 § 0 comments § permalink

トロイの馬とかもう本当にうざったい。こういう馬いるよなぁいるいると思わせるあたりが堪え難い。「さあさあ、いいですか。有名な町といったら? ほらっ、ほらっ」…本気で勘弁してほしい。

アリスがフランスに行くとかもう考えられない。不思議の国にでも行っときゃいいのに、よりにもよってフランス!そしてnnnnnnnnn!そりゃそうだろうよ。そうなるだろうよ。

揚げ句の果てに「夢の話をたっぷりと」と。「当然ながらこれらの夢は…」などと得意満面で。お前は誰だ。何様のつもりだ。夢の話だとふざけるな。

そもそも、ウリポからしてが面倒くさいのだ。こんなことをいう。

シャルボニエ 処理が施されると、確かにシュルレアリスム的でしたね。

クノー ええ。しかしそのことには何の興味もありません。我々はシュルレアリスムを実践しているわけではないのですから。見かけはシュルレアリスム風かもしれませんが、用いた方法は違う。ここがとても重要な点です。

シュルレアリスムは属人的だ。ある程度の天才が自動記述するから、ある程度のすばらしい作品が生まれる。しかし、S+7法はそうではない。誰がやっても同じ結果になる。つまり、方法を正しく用いれば、そこそこの傑作が書ける。面倒くさい。非常に面倒くさい。だがこの面倒くささが、快楽なわけだ。コンピュータによる自動化などありえない。プチプチを雑巾しぼりで潰すようなものだ。辞書を引く面倒を喜びたい。いちいち満悦したい。こんなに面倒なものが遊戯であるはずがない。作業だ。ただただ反復する作業だ。凡人のために用意された手を動かす作業なのだ。

でも、結局ウリポは幾人かの天才と出会ってしまった。僥倖だといわざるをえない。

Where am I?

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