困難な装置

6月 16th, 2008 § 0 comments § permalink

小説の読者は、その小説の展開を予想(期待)する。付箋のページを追うだけで、読者がどのような展開を予想(期待)したかがわかる。大変よくわかる。どのあたりで裏切られたかもわかる(たいていの場合は裏切られる)。読者の欲望に忠実であることが小説に求められるとすると、付箋を辿り、剥がしながら再読することによってしか、今回は感想を書くことができない。

ミシェルとブリュノは異父兄弟だった。この二人を中心に物語は展開する。ブリュノ寄りに物語が展開することを私は期待した。

ミシェルは不思議な男の子だった。サッカーのことも、流行歌の歌手のことも何も知らない。クラスの嫌われ者だったわけではない。口をきく相手は何人かいた。しかしそれはごく限られたつきあいだった。アナベルの前に、ミシェルの家に誰かクラスメートが来たことは一度もなかった。ミシェルは一人で考え事をしたり夢想にふけったりするのに慣れていた。ガールフレンドがそばにいることにも、徐々に慣れていった。

この時点で私はミシェルをうまく思い描けなかった。まだ70ページ目だったが、感情移入を放棄した。

ミシェルがダメならブリュノしかないわけだが、恥ずかしいことを告白すると(と予防線を張って告白すると)、私はもう少しのところでブリュノになりそこねた。あるいはならずにすんだ。たぶん、私ぐらいの年代で、日本人で、男性で、ブリュノに肩入れできる人は多い、のだろう、と思いたい自分が少し、疎ましい。

ブリュノはこの恐るべき幸福に浸された数秒間のことを、何度も繰り返し思い出すだろう。カトリーヌ・イェンサンがそっと手を押しのけた瞬間のことも思い返すだろう。

ここでミスリードされた。というよりも、自ら進んで誤った道に踏み込んだ。ここは70年代初頭のフランスだったのだ。ゼロ年代の日本ではなく。ゼロ年代の日本だったら、問題は異なる様相を見せる。

以下はもう本当に文字通りの不審紙。

若いころミシェルは苦しみによって人間はさらなる威厳を得るのだと信じていた。だが今となっては間違いだったと認めざるをえない。人間にさらなる威厳を与えるもの、それはテレビなのだった。

なんでテレビが出てくるの?ポピュリズムけつくらえ?

ブリュノはリラックスしてなりゆきにまかせよう、<ロックン・ロール>だと心に決めた。

<ロックン・ロール>か。<ロックン・ロール>なのか。

セックスは、ひとたび生殖から切り離されたなら、快楽原則としてではなくナルシシズム的な差異化の原理として存続するということが彼には理解できなかった。富への欲望に関しても同じことさ。

これってフランス人だけなんじゃないのー、って思ったんだけど、どうもそうではないらしく、ただ、どうもそうではないらしいというようなことを書くとなんだか嫌らしい。というのは競争の埒外にあることによる優越性というか、つまりいうところの、すごい、めんどくさい。そう。めんどうくさい。めんどうくさいがゆえの。性愛による(90年代)、あるいは消費による(80年代)自己実現って話になるのかな。そういうもので実現するのは幸せなのだと思うけど、そういうものではなく実現する自己もあるし、そもそも実現するだけが自己ではなく、いやもっと言ってよければ自己なんてものは近代という架空の世紀が吐き続けた嘘なんだから。それさえ分かってたら、あぁいう痛ましい事件は起きなかったはずなんだ。

ブリュノを一人の個人と考えることができるだろうか?内臓の腐敗は彼のものであり、肉体的衰えと死を、彼は一人の個人として知ることになるだろう。だがその快楽主義的人生観、そして意識と欲望を構造化する力の場は、彼のジェネレーションに固有のものだった。…ブリュノは一人の個人とみなされうるとしても、別の視点に立つならば、ある歴史的展開の受動的要素にすぎないともいえるのだった。彼の抱く動機、価値、欲望。そのいずれもが、同時代人に対し彼をいささかも差異化するものではなかった。

ブリュノがそういう種類の差異化を求めているようには私には思えなかった。ブリュノはブリュノにふさわしく性愛に対する欲望に素直で、素直であるがゆえにもてあましていただけなのではないか。満たされないことへの苦悩が見えてこないのである。カトリーヌ・イェンサンに手を押しのけられた瞬間でさえも彼は、不満足ではなかったのではないか。

土手の草は焦げてほとんど白くなっていた。ブナの枝がかぶさる下を、濃い緑の川の水が延々とうねりながら流れていった。外界には固有の法があったが、それは人間の従う法ではなかった。

これがフランスの小説なのだと思うと胃が重い。フランスというのはもっと、ルールへの忠誠のみで成り立っているのではなかったか。こんな映画みたいなフランスは読みたくなかった。鯖はすごく美味しいんだけど、食べて何時間ももたれる日曜の夜、そんな感じのフランスだった。勝手に読めと、突き放された気分のフランスだった。ロブ=グリエと同じ学校の出身か。人間ってほんとうに、めんどうくさい生き物ですね。

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