待ちながら

1月 31st, 2004 § 0 comments § permalink

『夷狄を待ちながら』読了。っていつだっけ。二週間近くもご無沙汰してしまいました。待ちながらというのは主人公が女を待っているのだとばかり思っていましたが実はそうではなくて、そうではなくて、そうではないのなら、この表題の真意はどこにあるか。誰が夷狄を待っていたのか。夷狄の誰を待っていたのか。最後のお楽しみです。

風呂本として鮎川哲也『下り「はつかり」』(創元推理文庫)を読み始めました。風呂本にするには重いです。内容じゃなくて質量が。実はまだ短編集一冊しか読んだことなくて、それは『五つの時計』(創元推理文庫)です。タイトルの付け方が上手だなぁという印象です。『はつかり』はまだ最初の一篇(「地虫」)。これも上手です。カタカナで表記すべき文字がひらがなになっていて、だけどヒロインの名前はカタカナなので何か意味があるのかなぁと思っていたら、結局ないのでした。まぁそれはそれで。徐々に徐々に。

もったいない

1月 18th, 2004 § 0 comments § permalink

渋谷の旭屋でペレック『さまざまな空間』水声社を発見。昨年9月の出版であった。全然知らなかった。まぁペレック水声社だと新刊でも平積みは難しいか。一気に読むのはもったいないので少しずつ読むことにする。

いきなり

本書が対象とするのは、まったくの虚空というよりは、その周囲、あるいは内部にあるものということになろう(図1参照)

だもの。図1、なんだもの。

ぼくは書いている……ぼくは書いている、ぼ・く・は・書・い・て・い・る……と。「ぼくは書いている……」とぼくは書いている。ぼくは書いている、とぼくは書いている……。などなど。

などなど!だもの!全文引用したい衝動に駆られるが、大人なので我慢する。この全文引用したい衝動に駆られるという幸せ。生きててよかった剽窃者の弁明。

それにしても渋谷の旭屋は微妙に盲点というかいつも地下2階にしかいってなかったので、地下1階があるなんて知らなかった。いや、たぶん知ってはいたが無視していた。ちゃんと寄ろう。

通勤本は相変わらずクッツェー。いい加減にしよう。それからついに電撃文庫に手を付けつつある。つつある。

うろおぼえでごまかす

1月 14th, 2004 § 0 comments § permalink

通勤本にしているクッツェーが寝てしまったりラッシュでギューギューだったりでちっとも進まないのでありますが、いよいよ、嫌な感じになってきました。夷狄の女が去りました。あとは主人公、どうするんでしょう。どうなるんでしょう。

まぁそれはそうとしてクッツェーといえば『敵あるいはフォー』でした。白水社の新しいイギリスの小説ね。うろおぼえあらすじ。

無人島に漂着した主人公、そこはロビンソンクルーソーの島だった。しかし、クルーソーは何らかの理由で死亡。舌を切断されたフライデーはしゃべることができない。語るべき物語を持っているフライデーは語ることができないという皮肉。それが前半で後半は主人公が国に戻って自分の物語を物語化してくれる作家を求めるのだが、その作家の名前がフォー。繰り返す歴史。そんな感じ。

ていうかどんな感じよ。ちゃんと書けよ。そういえば、木の棒(レコード)を舌でなぞって物語を語る男(プレーヤ)の話が大塚英志の『リヴァイアサン』にあったけど、その男とフライデーをがっちゃんこするとどうなるのだろう。物語は物語られるのかな。

ここがどこかなんて

1月 12th, 2004 § 0 comments § permalink

『四季 秋』了。煮え切らないような結局何がどうなったのかというようなつまりは『冬』で決着するのかな。『すべてがFになる』なんてもう何年前だか分からんし、あまり覚えてないよ。手元にないのではっきり書けないけど、サニーデイの「愛と笑いの夜」がなぜだか思い出されるので、当時聴いていたか、いきなり張り詰めている始まり(「忘れてしまおう」と飛行機事故の記憶)だとか何かしらにおいのようなものが似ているのだろう。なにゆえに博士は研究所を出たのか。

松も取れそうなのでニーチェ再開。したはいいがちっともすすまない。なぜわたしはこんなに利発なのか。無神論は自明だと。神はあまりに大づかみな料理であると。確かにそうだな。ケチャップとかマヨネーズとかそういうものなのかも知れないな。ケチャップもマヨネーズも好きだけどね。

真賀田四季

1月 10th, 2004 § 0 comments § permalink

森博嗣『四季 秋』を読み始めた。そういえば去年リアルタイムで読んだのは森博嗣と京極夏彦だけであるな。『バカの壁』も読んだけどね。相変わらず早い刊行ペースだ。私はあまり作家その人に興味を持たないのだが、森博嗣だけはどうやって書いているのだろうかと思う。そう特別なことでもないのかも知れぬ。森博嗣は極端なキャラクタを書く。すごい天才とか、かなり天才とか、ましてや天才とか。そういう天才に接したときの一般人の態度がリアル感で描かれていてキャラクタを際立たせていると思うのだがどうか。まだ第1章だけです。

鬱々と

1月 6th, 2004 § 0 comments § permalink

クッツェーの『夷狄を待ちながら』を読み始めました。まだまだ最初のところしか読んでませんが、登場人物紹介だけで何となく展開の知れるような(大佐…、夷狄…、拷問…)、その知れる展開というのがどうにも鬱々としているような(民政官…、料理女…、辺境地…)、つまりは鬱々読書です。朝から鬱々です。仕事終わってつり革につかまりながら読むのがこれで、やはり鬱々です。鬱々なんだけども。

ギャルゲー

1月 4th, 2004 § 0 comments § permalink

新現実VOL.2をぼちぼちと。どこで詰まっているのかというとササキバラ・ゴウの「傷つける性団塊の世代からおたく世代へ」であり、私は団塊世代でもおたく世代でもないしいわゆる団塊ジュニアのベビーブームでありギャルゲーといえばプレステのときメモぐらいしか知らないので正直なところピンとこないのであるが、ここらへんの問題は避けて通れないところであると認識しておりますゆえに、ここらへんの問題がどこらへんの問題なのかも含めていずれ確認したいと思います。今日のところは逃げます。

お正月の読情況

1月 2nd, 2004 § 0 comments § permalink

昨日元旦の読書はといえば正月からニーチェもなかろうと分厚い新聞(の広告)を丹念に丹念に味読しておりました。風呂読みでは現在フォーサイト週間で妻が購読しているフォーサイトを週遅れ旬遅れで読んでおります。斜めに読んでいるのでもちろん意味はわかりません。思うに私も「アメリカ追従はよくない」派なので、つまりはよく分かっていないということでしょう。

今年は電撃文庫とスニーカー文庫をたくさん読むつもりです(ほんとうに)。

Where am I?

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