鯖書房 » 岩波文庫部 » 白版 » 経済・社会 » アダム・スミス著/水田洋監訳/杉山忠平訳『国富論 (一)』
千本ノックのような本です。
そのような趣旨で書かれたものではないと思うのですが。
(p. 150) 食糧不足の年には、生計が困難で不確実なため、そうした人びとがみな仕事に戻ることを切望するようになる。…(中略)…貧しい独立職人たちは、自分たちの仕事の材料を自給するのに用いていたわずかな貯えを消費してしまい、生計のためにやとい職人とならざるをえなくなる。
この後さらに、食料品が高い年に賃金はしばしば低下する、と続きます。
思わず「独立職人」を「自営業」と読み換えて暗澹とした気持になりました。
200年以上前の著作とはいっても、マルクスと違い、こちら(資本主義)の実験はまだ「終わって」いないので、的中を覚悟して備えるのみであります。
ちょっと予想していなかった方向からの記述としては
(p. 192) ふつうの兵士がなにを失うだろうかということは、まったく明らかである。しかし青年志願兵たちは、戦争の勃発時にはとくにすすんで応募するし、彼らはほとんど昇進の機会がないのに、若者らしい空想で、名誉と名声を手にいれるという、おこりもしない無数の好機を思い描く。このロマンティックな期待が彼らの血の代価のすべてなのである。
とか、酪農業はもともと廃物利用(余った分を加工して長期保存)だったとか、そうすると醸造業(味噌やら醤油やら酒やら)も似たような話かなぁと、芋づる式に楽しい話題(怖い話題も)豊富。ダテに「古典中の古典」ではありません。見事です。
Posted at 2008. 5.27|コメント(0)
