鯖書房 » 岩波文庫部 » 白版 » 法律・政治 » ジョン・ロック著/大槻春彦訳『人間知性論 (四)』
青くさいとジジくさいの間には何があるのか、とりあえずただの経年変化ではない、までアタリがついたところで注意が逸れまして、
(p.175) 自分がある事物であるかどうか、これを疑えるような者には、私は話をしない。……(中略)……もし自分自身の存在を否定するほど懐疑的だと称する者がいれば(というのは、自分自身の存在を真実に疑うことは明々白々に不可能だ)、私の方は、飢えか他のある苦が反対を〔、すなわち自分自身の存在を、〕堅く信じさせるまで、そういう人に無でいるお好みの幸福を享受させよう。
ここまではまだ、こういうのも「白版的」と言えるのかなていどでした、が、
(p.235) 真の知識はごく不足し、乏しいから、人間は、かりにもし明晰で絶対確実な真知のない場合に自分を案内するなにももたなかったとしたら、しばしばまったく暗闇にいて、生活行動の大部分で完全にとまどっただろう。〔たとえば〕栄養があると論証されるまで食べようとしない者、自分の関与する仕事が成功しようと謬りなく知るまで動こうとしない者、そうした者は、ただじっと坐って死ぬほかに、することがまずなかっただろう。
あえて啖呵を切っているのかそれとも素で書いているのかはこのさい問わないとして、この甲斐性ありそうな物言い。
青と白との違いというより、被植民地根性とその反対との違いは何かについてのヒントをいくつか拾ったような気がします。思わぬところで。
Posted at 2008. 2. 1|コメント(0)
