鯖書房 » 岩波文庫部 » 白版 » 法律・政治 » ジョン・ロック著/大槻春彦訳『人間知性論 (三)』
「我思う」だけでは充分ではない、という話が懇切丁寧に続きます。
白版と青版(哲学)の区別をどのへんにつけるかということを考えながら読み進んでいるのですが、デカルトはたしかに青版がしかるべきで、ロックはやはり白版だなと、思えてはきたものの明確な線引きはまだ見えてきません。
私にとって青版はしばしばわけが分からない。変に利用されると怪物に化けるので要注意ではありますが、それ自体として怖いと思ったことは殆どありません。
白版は、厳しい。でも、内側に入れるなら、わりと安心そう。内側に入り損ねたら、手強そう。
食い違ったときに対話の余地があまりないのはたぶん青版です。
無視しておくと怖そうなのは白版でしょうか。
(p. 219) その人たち〔の書物〕を読んで、もしその人たちが適正な明晰さ・明快さをもってことばを使っていないなら、脇へ置いて、その人たちになんの害も加えずに私たち自身で次のように決めてよい。
もし君が理会されようと努力しないなら、無視されて当然だ。
「厳しい」というのは具体的には、このあたりとかです。
(p. 280) 商人や賛美家たち、料理人や洋服屋たちは、それで自分たちの日常事を処理することばを持っている。で、哲学者・討議者たちも理解したい気があり、明晰に理解されたい気があれば、そうできた〔すなわち、正確なことばをもてた〕と、私は思う。
「安心そう」というのは、このあたりです。
Posted at 2008. 1.29|コメント(0)
