鯖書房 » 岩波文庫部 » 白版 » 法律・政治 » マキアヴェッリ著、河島英昭訳『君主論』
マキアヴェッリが「君主かくあるべし」というときには、具体的な君主(メディチ家)が想定されていたわけであるが、もちろん一般論として読めるし、君主でなくても有益なことがある。それはすなわち「他人に頼るな」ということである。
傭兵を使うな、古い有力者を残すな、大前提として、民衆を信じるな。
折しも9条を中心として憲法の改正が論議されている。君主を「象徴」とされた時点で、日本はなめられたわけであるから、どうせ変えるんなら、集団的自衛権などという生ぬるいことはいわずに、軍事費を大増額して(どこぞの国へのODAを中止するのも手)自主防衛路線に切り替えるべきだろう。
まぁ私はそんな「なめられた日本」が好きですし、徴兵なんてことになりそうなら、重い腰上げてばっくれるまでですが、そういうことが現実味を帯びるのはマキアヴェッリを言ってることと無関係ではなさそうです。選択における困難さえなければ、君主政が最も効率のいい政治制度だと思われますし、君主政となれば軍備の増強は必定です。
いずれにせよ、備えあれば憂いなし、どこででも生きていける生活力(生命力?)と、予言としての『君主論』。
Posted at 2005. 6. 1|コメント(0)
