鯖書房 » 岩波文庫部 » 緑版 » 日本文学(近・現代) » 泉 鏡花作『高野聖・眉かくしの霊』
誰が目にも比類ないのは文体にあり物語の嘆美または陰惨たるものその添え物に過ぎず、ただ茫々と読みいるにつけ作者の術中にはまるばかりで。
が、そこはそれ、妙というに取り込まれ茫たる頭ますます茫然としつつ妖女の艶やかなる所作のひとつひとつに溜め息つけば、我は白痴、聖、夢、現の境も模糊模糊に。
日本人で、というのはこの場合、母語として日本語を使う国に生まれ育って、本当によかったと思うのです。つまらない社会の教科書、というのはこの場合、マッチョな歴史物語で飽き飽きさせるくらいなら(ちょびヒゲ描かれるのが関の山だろう)、物語がなくても生きていける力を身に付けさせる方が、よっぽど世とか人とか御国のためになりますよ。何かに依存するのはだらしない。否定しようとは思わないが、だらしない。
『高野聖』の迫力は、物語から離れたところにあるのです。切り離すことはできないけど、文体。
Posted at 2005. 4.24|コメント(0)
