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ウィトゲンシュタイン著、野矢茂樹訳『論理哲学論考』

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思うに、無意味とナンセンスの違いをしっかり把握しておけば、かなり理解できるのではないかと。

無意味は例えばトートロジー(pならばp、かつ、qならばq)とか矛盾(pかつpではなく、qかつqではない)とかのことで、トートロジーと矛盾はそれ自体何も語らないことを示しています。というのも前者は可能な状況をすべて許容し(p、qが真だろうが偽だろうが恒に真)、後者はまったく許容しないからです(p、qが真だろうが偽だろうが恒に偽)。[4.461-4.462]

トートロジーは論理空間の全体を現実のためにゆずり、矛盾は論理空間から現実を完全に排除するため、現実を規定する上ではどちらも無意味ではありますが、ナンセンスではありません。ナンセンスは論理空間の向こう側にあります。 世界とは論理空間の中にある諸事実のこと、世界は諸事実の総体なのです。[4.463,序]

つまり「論理空間⊃世界 = 事実のすべて」ということになりますね。「世界として成立したもの + 成立しなかったもの」の外側にあるのがナンセンスなのです。訳注の例示を援用すると、「論理空間:富士山は地球上でいちばん高い」「世界:富士山は日本でいちばん高い」「ナンセンス:富士山は2で割り切れる」ってことになりますね。

なんだけど。富士山は2で割り切れうるんじゃないの? 富士山が「静岡と山梨の間にそびえる件の山」ってことは「世界」でいいと思うんだけど、富士山が「4である」ってのは「論理空間」じゃなくて? と思っちゃうのは「名」を誤解しているから? 富士山ってのはあくまでもアレそのもののことであり、富士山っていうシールのことではない? しっかり把握できぬ。

もうちょっといろいろ読んでみるか。ひとまず保留します。

いずれにせよ、「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」ということは、言語が引いた限界線、その外側はナンセンス。世界がいかにあるかについては、たいした問題ではなく、世界があるというそのことが神秘なのです。だから、神、という意味での神が降臨することはありえず、また、神について語ることは、「神は神自身と1以外に約数を持たない」と語るのと同じぐらいナンセンスなのです。[6.432-7]

あぁでもやっぱり。最後にそれ(ヴィトゲンシュタインの命題)がナンセンスであると気づく[6.54]ってどういうこと。

Posted at 2005. 6.26|コメント(0)


ウィトゲンシュタイン著、野矢茂樹訳『論理哲学論考』
 ウィトゲンシュタイン著、野矢茂樹訳
 論理哲学論考
 岩波文庫

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