寄ってたかって読者を騙す
鯖書房 » 読書部 » ミステリ » 伊坂幸太郎,オーデュボンの祈り,新潮文庫(ネタバレあり)
今まで見ぬふりをしてきた不明を恥じる。「未来を予知するカカシ」「ルールとしての殺人を許可された男」「嘘しか言わない画家」「太り過ぎて動けなくなった市場の女」「地面の音を聴く少女」などなどなど。これだけで、「自分には興味なし」「自分とは関係なし」と決めてしまう人もいるだろう。僕もそうだった。だが、覆された。興味津々関係ありあり、あなたも僕も明日にも、荻島に辿り着いているかも知れない。すべてはある必然の上に成り立っている。「異常者には異常者の論理」というのではない。きわめて通常の私が、風呂で涙を流すほどの必然と論理である。そして実は、主人公がいちばんおかしい。胸の谷間にライター挟んだバニーガールって、なんだ?
↑ やっぱり読まない(ネタバレ閉じる)
最大の謎は「未来を予知できる優午がなぜ殺されたのか」だが、これはつまり殺されたのでも自殺したのでも死んだのでもなかった。謎は、実は謎ではなかった。賢明な読者は気付かなければならない。荻島に欠けているものに気付かねばならない。あの主人公の発言は、誰しもが奇妙だと思うはずなのである。
しかし、賢明でない読者は騙されてしまう。伊藤の不可解な言動(「目が疲れた」という理由で退職、コンビニエンスストア強盗、あっさりと荻島(及び自分の置かれた状況)を受け入れるなどなど)は煙幕だ。煙に巻かれて、大事なものを見そらしてしまう。僕は見そらしてしまった。引っ掛かりはあったが、看過してよい異物感だと思ったのだ。だが違った。「人間にとって一番大切なものは?」
「音楽とのふれあい?」
ことは優午の思い通りに運ぶ。伊藤だって駒に過ぎない。だが、動かされる駒であるにも関わらず、盤上の展開などみえないにも関わらず、伊藤は指し手の意図を見通していた。無意識のうちにではあるが見抜いていた。それを憚ることなく指摘する。無自覚探偵は小説中盤ですでに犯人を名指している。
この小説においては、犯人と探偵との対決は見られない。犯人や探偵や、その他の登場人物たちが、寄ってたかって読者を騙しているのである。読者は荻島という集団幻想に欺かれる。荻島が荻島を幻視している。幻想というにはあまりにも現実的であるがそれは、シナリオライターによる筋書きに文字通り筋が通っているからであろう。完敗である。
敗北してなお涙が出るほどさわやかなのは、技があまりにも切れているからであろう。浮いたと思ったら畳の上に転がっている。誰に投げられたのかすら、実はよく分からない。カカシには無理だろうから、もしかすると、真の黒幕はお雅なのかも知れない。
Posted at 2005. 2. 2|コメント(5)
伊坂幸太郎
オーデュボンの祈り
新潮文庫