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暴力批判論 他十篇

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暴力における目的と手段との問題。暴力を手段として論じる場合、個々の具体的な暴力がどんな目的で用いられるかが問われればよいことになります。正しい目的に用いられる暴力は正しい。つまり同じ「殺人」という行為でも、例えば強盗殺人は正しくないけど、死刑は正しい、などなど。

ただしこれでは、暴力が原理として倫理的であるかどうかについては、解決できません。暴力批判論としては、手段そのものの範囲内で決着されなければならないのです。そこで暴力を機能として捉え論じるのがベンヤミンの「暴力批判論」です。

暴力には法を措定し、法を維持する機能があるとベンヤミンは言います(アメリカもジャイアンも…)。そして、法のかなたに、純粋で直接的な暴力がたしかに存在するとすれば、革命的暴力が可能であることも…(中略)…明瞭になってくるとの結論が導かれます。これは、そんなものは、簡単には存在しないと読めばいいのかな。「暴力的革命」ではなくて「革命的暴力」ですしね。

生命ノトウトサというドグマ(!)に捕われてしまっている私としては、「神的暴力(形態のひとつとして、「完成されたかたちでの教育者の暴力」が挙げられる)」がよく分からない、ギリギリのことを言われているような気がします。現代の法治国家がすでに暴力を含んでいる以上、国家暴力の廃止はすなわち国家の消滅を意味するのでしょうか。21世紀でも、不可能だ、そんなことは。「対テロ戦争」とか、卒倒しそうな概念レベルに、われわれはまだあります。