Posts Tagged エンゲルス

家族・私有財産・国家の起源

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1980年第18刷を図書館から借りました。

空想より科学へ

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「やさしく」説かれているとカバーにはあります。

イギリスにおける労働者階級の状態 (下)

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(p. 86) 彼らは、やめる許しが出るまで、朝から晩まで汗水流すほかにはくらしかたを知らなかった。またつかれていないのかという質問は、彼らには耳にしたこともないもので、その趣旨がまったくわからなかった。

具体的な労働・生活状況の描写よりも更に怖かったのはこの下りでした。
ただ、この「慣れる」ことについては掘り下げられません。

イギリスにおける労働者階級の状態 (上)

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眠れます。
(つまらないという意味でも難解という意味でもありません。)
余震と(計画停電に合わせて)不規則になっている生活と寒さの中ではむしろ避けるべき本かと思ったのですが、エンゲルスは就眠を妨げません。
マルクスで眠れなくなるのは題材や論調の問題ではどうもないらしいということが分かりました。

冒頭から(特に衛生面での)悲惨な事例が始まり、それはずっと続きます。
p. 266辺りから、誰にとっての悲惨なのかちょっとひっかかる箇所が出てきたような気もしますが。

資本論 (九)

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時代劇のごく一部分だけ切り取ったような世界観だなと最初の巻で感じ、結局それをひっくり返されることはなく終えました。
羽振りが良いというとあこぎな越後屋か悪代官なのです。越後屋は単に商人ではなく、悪代官はけっして水戸黄門とか遠山の金さんでなく。
娘に頭が上がらない桔梗屋とか、一休さんに頭が上がらない新右衛門さん及び将軍様とかはいっさい出てきません。

なにぶん未完ですので、なんとも断言はできないとして、しかしいくらとくに意味なしとはいえせっかくの人生にあたり、あえてこの眼鏡を選ぶか。
個人的には、ちょっとこれは無いな、と思いました。

話は変わりますが、20年来の疑問、なぜ日本共産党支持(公称)男性の肌と頭髪はツヤツヤフサフサ、奥さんはその逆、なのか。
マルクスの著作にあたって分かることでもないだろうなとは思いましたが、やはりわかりませんでした。
中国共産党幹部の奥さんがたはまったくそんなことなかったので、党の名前よりむしろ「体制/反体制」の問題なのかとか、実例といっても20件足らずを目にしたに過ぎないので、たまたまか…たまたまなのでしょうね。

資本論 (八)

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土地の話です。

「貴族」という言葉に、どこからの影響か分かりませんが私は妙なニュアンスを見当違いに添加していたらしいことが判明しました。
人格者とか有徳とかそういうニュアンスです。いったいどこで刷り込まれたのやら。字面のせいでしょうか。
異国の話なので妄想バイアスがかかっていたというのもあるかもしれません。
武力のある地主とか庄屋とか土地持ちとかの訳語があたっていれば、それがとりたてて人格者でも人格破綻者でもないことは、直に目にしたこともあるので勘違いも少なかったかと思うのですが。
「土地持ち」ではどこかに不備があるのですね、たぶん。

ところで、p. 241後半から始まる植民地の定義を読んで、ふと、
国家に召し上げられた土地というのは、外から目をつける立場によっては「占有されてない」土地にもなりうるのでしょうか。
つまり土地持ち国家の背後に、更に強欲な別の国家が迫って来た場合の話ですが。
考えようによっては、細かい所有者がいっぱい居るより話が早いとも見えますし。
いったん共産化した国の土地は、時と場合によっては、より分捕りやすくなるとか、そういうことなのかと、近年のそこここを思い起こして、薄ら寒くなりました。

資本論 (七)

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2008年11月中旬現在の日本では、タイムリーな巻です。

利子についての話、俄景気についての話、恐慌についての話。
備えという意味ではありません。復習という意味です。
恐慌といえば1930年のことを指すとばかり思っておりました。はい。愚かでした。
循環してるのはなにも東洋的世界観に限った話ではなく、脇役視点から見ればキャピタリズムの世界もまた堂々巡りを繰り返しているのでした。

何かを思い出すなと思ったら『大転落』(イーヴリン・ウォー)でした。
鯖書房はポール・ペニーフェザーとグライムズとのタッグチームなのでありますが、もうこの組合せからして、羽振りの良さとは今後も縁がないことは推して知るべし。
このたとえ話でいくと、日本はマーゴット層の用い方を根本的に誤っているのだろうなと、ふと。

脱線ついでに、もしや日本政府は米国のサブプライムローンフィーバーを再猿真似しようとしていたところアテが外れてさぁどうしよう、てな状況だったりしたらもう目眩どころではないな、どこがどこに倣ってるのかもよく分からなくなってるなといった縁起でもない妄想はともかく、

p. 85に引用されている、1859年ニューヨークでの、奴隷制擁護弁護士オーコナーによる表明を、いったいどのツラ下げてこういったことを口走れるのかその背景を探りあぐねている矢先にオバマ新大統領の演説が。だいたい150年でしたね。
ところでしかし、「自然そのものによって奴隷状態に運命づけられたのである」と決めつけられたのは、自分の育った国では何にあたるのだろうと。
父も母も天皇も現代日本ではまったく主人的ではなく。
どうころんでも奴隷っぽくないというと、「待望された孫」くらいしか思いつきませんでした。
期間限定主人。おおむね小学校卒業くらいまででしょうか。
こういう主人に対して革命願望というのはいかにも持続しにくい、マス化しにくいであろう気はします。

p. 152前半の罵詈雑言は「ローマ人」を別に置き換えてあれこれ流用できそうですが、個人的には、ほとんどまったく共感できません。
このノリさえなければ、とりたてて厭ということもないのですが。

資本論 (五)

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(p. 145) 野蛮人は、時間の浪費にたいして全くの無関心であることによって、一つの経済的重罪を犯す

6枚切1枚あたり20円弱で買える食事用のパンを、30円強の材料代+時間+電気代を費やしいちいちこしらえる、というのも経済的重罪と言えそうです。
このところの食品偽装事件に実はそれほど恐怖を覚えているわけでもないので、道楽呼ばわりされ吊るされても反論はできません。

それはそもかく、いよいよもって何が何やら、話の向わんとする先がどちらなのか…

(p. 273) 長い労働時間は、労働者の精神的、道徳的諸能力の改善によって彼の状態を高めて、彼を合理的消費者となすべき、合理的で健全なやり方の秘密であるらしい。資本家の商品の合理的消費者となるためには、彼は何よりもまず——煽動家はこれを妨げるのだが!——彼自身の労働力を、非合理的不健康的に、彼自身の資本家に消費させることから始めねばならない。

全9冊中いちばん薄い巻ですが、現時点で私の胡乱な頭にひっかかったのはp. 272〜274部分のみでした。
先へ進みます。

資本論 (四)

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ちんぷんかんぷんになってきました。
そろそろ1巻を再読すべきかと思いつつも、さっぱり読み返す気になれず。

以降、このピンぼけ状況を放置したまま先へ進むとどうなるかの報告になります。

(かいつまんで中身を知るのにはまったく参考になりません。すみません。
学生さんは、ズルをせずにきっちり自分で読みましょう)

p. 343半ば以降:不動産ディベロッパーの話はちょうどいまタイムリーな箇所

p. 479末尾から始まるウィリアム・トムスン『富の分配原理の研究』1824年からの長い引用:「…立法者や経済学者の主な注意は、生産諸力とその自由な発展とに向けられるべきで、従来のように、人目をひく単なる蓄積された富に向けられてあるべきではない。」
4頁にわたる長い引用。
昨年から今年にかけて、心根善く見込みも有るというのに何かあまりにも搾り取られている様子に見える20歳そこそこを目の当たりにし、年長を敬うのもたいがいにしておかないとマズいかもしれない…と、世事を読み何か決めねばならない際の優先順位を変えたことを思い出しました。
引用元のほうをきっちりと読んでみたいところです。

p. 508:「奢侈品にたいする需要が減少」→このところよく目にする「若者が○○○(車、家、結婚、などなど)を買わなくなった」に通じるものがあるようなないような。

資本論 (三)

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資本を握っている側にとっては、下々は無知で貧乏で子沢山であってくれるにこしたことはない。短命なのはとくに問題ない、使えるのは若いうちだけだから。
そもそも最初の富(余裕)はどうして生じるか(→分捕りから、あるいは、「俺の物」感覚が無い土地の俺様による発見・切り分けから)。
といったことが丁寧に書かれています。植民地の事情についても。

具体的な事例は2冊目より減って、当時の労働階級の住環境・栄養状況について少し。

平均寿命が40歳に満たなかったらしい、当時のイギリス労働者階級の食状況、本文だとポンド・オンス表記のうえ1週間あたりの摂取量でピンとこないので、ちょっと電卓をたたいてみました。
(本書p. 249で職種別に紹介されているうち、最も少ない=栄養状態が悪い、とされている数値のみ拾っています。
ざくっと、1ポンド=450g、1オンス=28gで換算しました。)

1日あたりおおよそ
パン原料:500g(ちなみに日本の食パン1斤は340gくらい)
砂糖:16g(大さじすりきり1杯で9gくらい)
バター:20g
肉類:28g

肉が少なすぎるからか労働条件の過酷さゆえか衛生状況の悲惨さゆえか、ぜんぶ相まってか。
栄養士さんから見ると、この量はどうなのでしょうか。穀物が足りてないということは無さそうに見えますが。

3冊目半ばにして、ふたたび眠気とのたたかいになってきました。
1冊目は、抽象さについていけなかった置いてけぼり眠気でしたが、3冊目のこれは飽きが来た眠気っぽいです。著者にハリセン打たれても文句は言えません。
あんなに驚いたはずの2巻にあった酷い労働事例も、もはやほとんど思い出せない。すいません。
先月にはあんなに肝をつぶしたはずの執拗な難癖つけにも、(悪い意味で)慣れが来てしまっているようです。
右から左へ抜けるように、目では追っているものの脳まで届いてない感じです。
夏に溜め込んだ疲れがどっときているだけのような、それだけでもないような。