遠すぎるリアリズム

鯖書房 » 読書部 » 外国の小説 »  ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』

ある日の午後、操縦係のジプシーとうれしそうに手を振る数人の村の子供たちを乗せて、空飛ぶ魔法の絨毯が工房の窓をかすめた。

というようなことがしれっと書いてあって何ら違和感のないあたりが、リアリティだと思うのです。ホセ・アルカディオ・ブエンディアはそちらの方を見向きもしないで、こういいます。

「せいぜい楽しませておけ。わしらは、あんなみっともないベッドカバーよりもっと科学的なやり方で、やつらよりうまく飛んでみせるから」

ここでホセ・アルカディオ・ブエンディアが論点としているのは「科学ー非科学」の対立ではありません。「かっこいいーかっこわるい」という価値観の問題なのです。ホセ・アルカディオ・ブエンディアにとって、科学はかっこいいがゆえに正当なのです。でも子供たちにはそんなの関係ない。空飛べりゃ何でもいいんです。魔術が飛んで科学が飛べないのであれば、科学に用はないのです。

そうです。マジックリアリズムのヒントがここにあります。科学は無用なのです。代替物としての魔術もおそらく必須条件ではない。死なないアウレリャノ・ブエンディア大佐も、飛んでった小町娘のレメディオスも魔術じゃない。じゃあ何か、ってそれがわかればノーベル賞なのでしょう。

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