予習

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もう何年前に読んだのかわかりません。今回は予習のために再読してみました。

きょう、ママンが死んだ。

私の全体がこわばり、ピストルの上で手が引きつった。引き金はしなやかだった。私は銃尾のすべっこい腹にさわった。乾いた、それでいて、耳を聾する轟音とともに、すべてが始まったのは、このときだった。

『異邦人』の第一部で発生する事件はこの二つです。この二つを除けばムルソーは、海水浴にいったり映画をみたりデートしたり、ごくごく普通の生活を送っています。二つの事件とふだんの暮らしと、両者の不連続ゆえに、この作品は不条理であると言われます。より正確には、ムルソーの行動が不条理なのは構わないが、その不条理を描いた『異邦人』という小説は何だ? 何のつもりだ? ということになるのではないでしょうか。人の行動が不条理なのは自分というものを内省してみればわかることですから、それ自体はさほど不条理ではない。だけども好き好んでその不条理を、作品として表現するというのはかなり不条理、というよりも変態なのではないか。

というのが私の認識です。

第二部。「太陽のせい」は実はよくわからないのですが、裁判後の「御用司祭」との面会での切れっぷりは、論理的な一貫性が失われているどころか、宗教の持つある種の押しつけがましさを見事に捉えていて共感できましたよ。それでもやはり「今もなお幸福であることを悟」っているという境地に達することはできないですが。

というのが本日の限界です。もやがかかったように眠いです。本当は少しも眠くなんかないのですが、このへんで勘弁してください。次回解決篇っちうことで。

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