うれしがり

Posted on 水曜日, 2月 28th, 2007 at 1:56 AM

何が好きってペレックの、こんな種類のうれしがりだ。傍から見て微笑ましい、というよりは、おおお、お前もか、といった種類の。20世紀フランスの大作家を捕まえて、「お前もか」もないのですが、この気持ちは誰もが容易に理解しうるものでしょう。

ヘルマン・ラフケという醸造業で成功した美術愛好家に関する話。《美術愛好家の陳列室》というのはラフケが、ドイツ系アメリカ人画家ハインリッヒ・キュルツに描かせた絵で、ラフケのコレクションを収めたギャラリーが描かれています。ラフケの集めたヨーロッパの名画やアメリカの新興画など、百を越える絵画が、一定の割合で縮小され細密に再現されているのですが、それだけではない。この絵はこの絵自身をも含んでいる。つまり、《美術愛好家の陳列室》には《美術愛好家の陳列室》も描かれているのです。当然その画中画には百を越えるラフケコレクションが描き込まれていて、そこにもまた《美術愛好家の陳列室》が…。

ヘルマン・ラフケが亡くなった時に、この入れ子構造は完成します。遺書の細かい指示どおりに、ラフケの遺体は剥製にされ、キュルツの絵と同じガウンを着せられ、同じポーズでひじ掛け椅子に座らされます。そして、遺体は地下室へ。その地下室にはもちろん《美術愛好家の陳列室》とそこに描かれているラフケ・コレクションが絵と同じように陳列されているわけです。そのまま地下室は封鎖され、《美術愛好家の陳列室》は閉じられます。

と、ここで終わってもいいのです。ここで終わらないのがペレックです。いや、むしろ、ここから始まるのがジョルジュ・ペレックなのです。

ラフケのコレクションは相続人により競売にかけられ、相応の、あるいはそれ以上の値で落札されていきます。落札者の多くはその価値を正しく見抜いているであろう各地の美術館です。でもね。すべてはラフケの術中にあった。専門家たちは踊らされた。

実はほとんどすべてが贋作だったのですね。ヘルマン・ラフケはハインリッヒ・キュルツ(その正体はヘルマン・ラフケの甥ウンベール・ラフケ)にニセモノの名画を描かせる一方で、それらを真作に見せかけるための証拠集めと証拠捏造にヨーロッパ中を奔走していたのです。これは昔、まだラフケが「素人」だったときに無価値な絵をつかまされたことにたいする復讐だったのです。

と、ここで終わってもいいのです。ここで終わらないのがペレックです。いや、ここで終わってもいくばくかはペレックだとは思うのですが、最後の最後の一文な。こんな種類のうれしがりな。そこでペレックが完成する、というのは言い過ぎでしょうか。

《美術愛好家の陳列室》は、ヘルマン・ラフケではなく、偽物の絵を引用する偽物画家ハインリッヒ・キュルツのための物語なのでしょう。いや、そして、それ以上に、結局のところ、最後まで読まされたわれわれとしては、すべてはジョルジュ・ペレックのためであるとしか言えないわけですが。

このディテイルへの情熱は何なんでしょうね。いや、いや、ばっかり言ってますが、千遍でも万遍でも否と言いますよ私はペレックのために。

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