方丈記

Posted on 日曜日, 11月 6th, 2005 at 11:01 PM

仮の住まいだと思ってたところにひきこもり、これが存外心地いいではないか、という話?

たゞ仮の庵のみ、のどけくして恐れなし。程狭しといへども、夜臥す床あり、昼居る座あり。一身を宿すに不足なし。

なわけですが、最終的には

仏の教へ給ふ趣は、事にふれて執心なかれとなり。今草庵を愛するも、閑寂に着するも、障りなるべし。

と言い出すのですから、いつまでもひきこもってちゃダメ、何ごとにも執着しちゃダメ、ってことでしょうか。すみません正直よく分かりません。

万物は流転し不変のものなどないとはいえ、「ゆく河」が下鴨神社からほど近い鴨川を指すのだとすれば、800年経った現在でも変わらず流れており、そう、物は壊れるし人は死ぬんだけども歴史という大河は脈々と流れつづけている。まぁいつかは河も流れるのをやめるわけですが(歴史なんてものはすでに枯れ果てているのかも知れません)、僕が生きている間はそこに流れていてほしいと思ったりもするわけです。

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