Archive for 10月, 2010

金枝篇 (五)

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お話の素材を探すのでもない限りは『サイキス・タスク』の方が面白かったなぁ、と思ったのですが、最後の最後、
訳者解説(p. 151)に「彼は本書の初版において、呪術の失敗が宗教を生むとの説を立て、この説は多くの学者の痛烈な批判をうけた。」とあって俄に初版が気になりはじめました。
ちくま学芸文庫で上下巻が出てますね。

それはそうと、

(p. 32) その昔パリのプラス・ド・グレーヴで焚いた夏至の火祭りでは、生きた猫どもをいっぱいにつめ込んだ籠や樽や袋などを、祝火の真中に立てた高い棒に掛け、それを焼くのが慣わしであった。……「悪魔を表す猫はいくら苦しんでも十分ということはないのである。」

バカンスに行くためペットを処分するという(現代の)話を初めて聞いたときも驚きましたが、これも、寝入りばなに読むにはちょっとキツい昔話でした。
山寺の和尚さんも霞む怖さです。

金枝篇 (四)

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この巻は世界各地の厄払い行事集成となっています。

舟とか人形とか人(生身)とか羊に悲嘆憤懣を押し付ける話はこれまでも聞いたことがありましたが、
犬の話が、耳新しいのと寒々しいのとで、不憫で、こめかみがズキズキしました。
動物の中でとりたててイヌを贔屓してはいないのですが、他の熊牛亀蛇らと比べて、同じ捌け口にされるのでも、ひときわぞんざいな扱われようです。

金枝篇 (三)

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「死んで甦る」といった考え方の元ネタは植物だろう、という推測にはとても合点がいきました。

この植物による再生感と、リセットボタンによる再生感とを比較考察した文章を誰か書いていないだろうかと気になったのですが、まだ見つけ当たりません。

金枝篇 (二)

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現在と比べて昔の人口が少なかったのは、乳幼児死亡率が高かったのと、寿命が短かったから、という認識はありました。
それはもっぱら医療技術と住環境のせい(やむなく生きながらえない事が多かった)だろうと推測していたのですが、なんだか、この第2巻を読んでいるうちに、やたらとあえて殺していたケースも多かったのかなと思えてきました。

王様に白髪が生えてきたら死刑とか、行進に煩わしいから嬰児は例外なく殺してしまうとか。

徒競走1番で王国が貰えてしまう話(第14章)などもあるにはあるのですが、やたら早々に見切りをつける事例が多く挙げられています。