Archive for 2月, 2010

外交談判法

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交渉術・営業術・人心掌握術の本としては最小・最薄・最軽量・最密度じゃないでしょうか。
新書より小さく、ほぼ携帯電話並みの重量です。

表題からすると外交官心得かと思いきやそこまで限定的ではなく、かなり活用応用流用が利きそうな内容なのです。
分冊水増しした類書がビジネス書コーナーに溢れていそうな。

さすがに一部の用語は200年分時代がかっていますが、要所要所は殆ど古びていません。
なにぶん、機械でなく、ヒトの扱いの話ですので。
いまでも「基本書」として現役を張れます。

「君主」を上司/社長/国民などなど、どう読み替えるかで様々な状況が思い巡らされ、話作りのヒントにすら使えそうです。

物書きでも営業でもない身としては、(優秀な)交渉担当がいかに職業として大変で、かつ得難い人材かしみじみと窺い知れる1冊でした。

八朔ピールクッキー

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oyatsu100227

【八朔ピールクッキー:lilacさん】

ピールの刻みかたが雑駁すぎて(生地のまとまりがわるく)スライス困難になってしまったため急遽ボール形に変更し、
その上ついうっかり直前にオーブンでニンニクを温めてしまい(脱臭機能なし)、
どうなることかと思いましたが…。

これはかなり美味しい。
予想以上でした。
とくに、まだ温かいうちに食べると格別です。

フィレンツェ史 (上)

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官職名の訳語例(p. 20)と献辞の部分で、これは黄版並みに読むのが辛いかも…と不安になりましたが、本文はそこまで時代がかっていなくて安堵、
とはいきませんでした。

鳥でもここまで酷くはないだろうというくらい見事に右から左へ抜けて行きます。人名も出来事も場所も。

各巻冒頭部分でだけ意識が戻り、あとはずっと舟を漕いでいる気分です。

各巻冒頭というのはだいたいこんな調子↓

(p. 199) ローマでは争いのために、あらゆる市民仲間の平等が一転して,賛嘆すべき不平等に変わったのに、フィレンツェではそのために市民は不平等の状態から驚嘆すべき悪平等のそれに顛落させられた。こうして事の成行きに違いができたのも、ひとえにそれぞれ両都市の平民たちの目指した目的が違っていたからなのである。ローマの平民は、貴族と提携して最高の栄誉を得たいと考えていたのに反し、フィレンツェのそうしたひとたちは、自分たちだけで政権を壟断して、貴族たちにはいっさいの分前をやろうとはしなかった。

この目線に違和感をおぼえるか新鮮さを感じるかは人それぞれとして、
これがあるから、面白いと私は思いました。

法律 (下)

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尊属殺重罰やら監獄やら強制収容所やらが、アイデアとしてはものすごく古いのだということをこの本で知らされました。

キャラメルチーズケーキ(ココアクッキー台)

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oyatsu100223

いつものキャラメルチーズケーキですが、土台のクッキーをココア味にしてみました。
悪くない感じです。

待ち遠しい定年退職

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oyatsu100222

定員K、36歳になりました。
昨年と同じくキャラメルチーズケーキを焼成中です。

今年は休暇が取れず、食べるのは明日に延期です。

ユリイカ

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SFだといわれると、SFなのかも知れない。真理にいかほどの価値があるのかという話。

「わたしの死後、この作品がもっぱら詩としてのみ評価されんことを切望」していたことからも、そもそもポオは真理というものを放棄していたことがうかがえる。真理を諦めたのではなく、真理を捨てた。

ポオは直観を、「帰納と演繹に由来しつつもその過程がわれわれの意識に上らないため、表現力を越えたところにある確信」と定義する。ここですでに、捨てている。

神が最初につくったのは、「およそ考えられうるかぎりの単純さの状態にある物質」である。考えられうるかぎりというから考えてみるのだが、それが何をどう意味するのかはさっぱりわからない。世界はいかにも複雑にみえる。単純という概念そのものがすでに神々しい。それは真理よりも神にふさわしい。

私に技術があったら、この作品を映画化したいと思う。とくに太陽系生成の下りはドラマチックではないか。

さつまいももち

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【もちもち♪ さつまいももち レーズン入り:chikappeさん】

皮ごと使ってみました。
そのためか、うまく生地がまとまらず、焼く際に裏返しそこねてポロポロと欠けが。
しかし無惨な見た目のわりに食感はなんとかモチモチになってくれました。

同じ生地を試しにオーブンへ。
250℃で20分間焼いて、こんな感じに。
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砂糖も油も入らないせいか、なかなか焦げ目がついてきません。
レーズンが黒こげになったところで焼成止め。

素焼き陶器のようにカサッとした表面のわりに、中身はフライパン焼きと大差なく。

どちらが良いかというと…微妙なところです。

法律 (上)

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なめらかな語り口です。
ソクラテスが登場しないぶんだけ淀みがなく。

途中、かなり長台詞になる部分、『国家』でうっすらと怖かった気配があからさまに全開に怖くなります。
これが初期でなく最晩年の作品というのがまたよりいっそう。
展開や分析手法はともかくその前提はどこから湧いて出るのかと首をかしげたくなる部分はここへきて倍増したような。

ところでなぜかわかりませんが立て続けにプラトンを読んでいるうちに縦に細長く広さのあまりない空間が頭に浮かぶようになり、後頭部が痛重くなってきました。

テアイテトス

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荘子(胡蝶の夢)だと「どちらがうつつなのかねぇ」で話は一区切りされるところ、「なのかねぇ」ではまだ終わらず、延々と続く話です。

この粘りごしは前にもどこかで…と思ったら、アダム・スミスでした。
ソクラテスのほうがおそろしく段違いにしつこいですけども。

ねばって新たな境地にたどり着くかというとそうではなくて(開いてはいるように見えますが、たどり着いているようには見えません)、「今日のところはたどり着けなくとも、しかし何処かにそれはある(筈だ)」というノリ、なんだか寝不足になりそうだなとも思いますが、このノリの違いは面白いです。