Archive for 2月, 2008

市民政府論

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必要以上に欲しがったり、今は良くても明日はどうだか分からないと不安を抱いたり、については触れられません。
絶望的に足りない状況も、想定されていません。

このような前提で、
第六章(父権について)部分は『教育に関する考察』とセットです。
生んだだけでは親とはいえない、とか、語弊があるので「親権」にすべきとか、親はいつまでも(監督者としての)親ではない、とか。
読んでいて、安心です。

なんだか、ロックの著書を投影した親からは、へなちょこな2代目が育ちそうで、そのへんは不安といえば不安なのですが。

チョコレートチーズケーキ(直径16㎝型)

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店員K、明日34歳の誕生祝いにあたって準備中です。

oyatsu080221.jpg

前回やむなくサワークリーム抜きで作ったマーブル版が却って好評だったので、フレーバーもののときはクリームチーズのみをベースに、料理帖を変更する事にしました。
それから、昨年、買い替えを機にケーキ型を一回り小さいものにし、材料の重量と焼き時間がかなり変わりました。
なんとか以前の18㎝型と同じような質感に焼き上がるようになりましたので、レシピの16㎝型版としてひとまず改訂します。

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教育に関する考察

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300年以上前の著作ですが、古くなってはいません。
訳者あとがきの昭和42年当時は時代遅れ扱いだったのかもしれませんが、平成も20年になった現在の日本では、堅実で無難な育児書として十分に「実用書」だと思います。
頁数からすると相当な充実内容で、身体の鍛錬やら粗食の薦めやら交友関係やら学習やら躾やら、将来あてのない職業(物書きとか)に就かせないための心得および経済観念の仕込みかたについてまでも、かなり具体的に広範囲にカバーしています。これ1冊で10冊分以上の育児書に匹敵するのでは。
小さい子供さんのいる、仕事に忙しい親御さんの通勤のお供に。とくに私学受験を真剣に考えている(なるようになるとは達観できない)向きに。

ちょっとびっくりするくらい(今となっては)頓狂に見える部分がなくて、たいした影響力を保持しているらしいことが窺い知れるのですが、それでも、時間の篩にかけられたらしい楽しい細部も少しだけ、あります。
『人間知性論』を読んでいて、なぜかは分からないけれど著者はパイナップルにえらい思い入れがあるらしいのが印象に残ってはいたのですが、子供に食べさせるのにメロンや桃は悪玉扱いで苺やサクランボは安全という著者の基準、どこから来ているのでしょうか。
なぜ良いか悪いかについてはとくに深く言及されないので、このあたりの出典は気になるところです。

リア充のリア充による

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非リア充のための青春ミステリ。

アマゾンの「商品の説明」(ノベルス版上巻)にはこう書かれています。

出版社/著者からの内容紹介
「あの頃の純粋な気持ちとさわやかな感動を胸に届けてくれました」withモデル森 絵里香
第31回メフィスト賞受賞!感動の長編傑作!
ある雪の日、学校に閉じ込められた男女8人の高校生。どうしても開かない玄関の扉、そして他には誰も登校してこない、時が止まった校舎。不可解な現象の謎を追ううちに彼らは2ヵ月前に起きた学園祭での自殺事件を思い出す。しかし8人は死んだ級友(クラスメート)の名前が思い出せない。死んだのは誰!?誰もが過ぎる青春という一時代をリアルに切なく描いた長編傑作

これがすでにミスリード。偽装です。

「誰もが過ぎる青春という一時代をリアルに切なく描いた」。リアルかも知れん。切ないかも知れん。でも、「誰もが過ぎる青春という一時代」を描いてはいない。描いてはいないがゆえに、謎は魅力的なのである。

リア充の中で一体誰が死んでいるのか、換言すれば、作者である「辻村深月」氏(「辻」の「辶」は点二つ)に殺されてしまったのか、という屈折した興味は、非リア充にしか持ちえないものだろう。そもそもリア充がリア充とか非リアとかを問題にすることはない。

この動機面での謎が推進力となって小説は進む。リア充にはわかるまいて。

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チーズケーキとバレンタイン

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ですので、チョコレートのチーズケーキです。

チョコレートチーズケーキ

店主によるとサワークリームを買い忘れたということで、本来マーブルになるべきところが、見事に二層に分かたれています。

正直申しまして、私はこちらの方が好みです。サワークリームの酸味がない分ココアの風味が際立っていますし、濃厚。このコテで塗ったくったようなチョコ層がぬっとり美味いのでありました。モロモロしない食感もこれはこれでいいのではないでしょうか。年に一度のチョコフェスティバルっちうことで。

哲学者と法学徒との対話

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今世紀に入ってからの発行分です。ひとまず飛ばしておこうと思っていたのですが、訳注(主に人名や歴史背景への補足)が殆ど右から左へ抜けてしまう私にも、あまりにも時事として参照可能な箇所が多いので。
こういう事があると、岩波の目はまだまだ黒いのだなと、ほっとさせられます。
順調に版を重ねてもいるようで(2002年4月初版、2007年5月第5刷)、手に取る人が少なくはないことに、望みをつなぎたいと思います。

(p. 71)
哲学者 以前とくらべて、どうしてそんなに訴訟の数が増えたんだろうね。…(略)…
法学徒 サー・エドワード・クックは、『提要』第四巻七六ページにおいて、訴訟増加の原因について次の六つ、(一)平和が続き、(二)人びとの生活が豊かになったこと、(三)修道院の解散によりその領地が多くの人びとの手に渡ったこと、(四)〔犯罪〕通報者〔告発者〕が増大し、(五)隠匿者が多くなったこと、(六)代訴人の数が増加したこと、などをあげています。
哲学者 …(略)…修正の要なきことがら〔平和や豊かさ〕を、害悪の原因にあげているのかね。…(略)…もし平和や豊かさが悪の原因となるならば、それは、戦争とか困窮化すること以外にそれは除去しえないからだ。…(略)…代訴人の数が多すぎるという点だが、…(略)…どうも、現時の人びとは、昔の人たちよりも、制定法の文言の欠陥をほじくりだす術に長けており、大した理由もないのに訴訟を起こしたがったり、そうするように他の人びとをけしかける傾向があるように思われる。…(略)…昔は、数ある紛争も武力で決着をつけたために、法律家たちが貪欲さを働かせてそこに介入する余地は、現在のような平和な時代ほどにはなかった。しかし、平和な御時世になると、人びとは、他人をあざむく業を学ぶひまができて、争いごとを起こそうとする人びとに、法律家たちが雇ってもらえるようになった。

どう読まれているのか、不安もありますが。

人間知性論 (四)

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青くさいとジジくさいの間には何があるのか、とりあえずただの経年変化ではない、までアタリがついたところで注意が逸れまして、

(p.175) 自分がある事物であるかどうか、これを疑えるような者には、私は話をしない。……(中略)……もし自分自身の存在を否定するほど懐疑的だと称する者がいれば(というのは、自分自身の存在を真実に疑うことは明々白々に不可能だ)、私の方は、飢えか他のある苦が反対を〔、すなわち自分自身の存在を、〕堅く信じさせるまで、そういう人に無でいるお好みの幸福を享受させよう。

ここまではまだ、こういうのも「白版的」と言えるのかなていどでした、が、

(p.235) 真の知識はごく不足し、乏しいから、人間は、かりにもし明晰で絶対確実な真知のない場合に自分を案内するなにももたなかったとしたら、しばしばまったく暗闇にいて、生活行動の大部分で完全にとまどっただろう。〔たとえば〕栄養があると論証されるまで食べようとしない者、自分の関与する仕事が成功しようと謬りなく知るまで動こうとしない者、そうした者は、ただじっと坐って死ぬほかに、することがまずなかっただろう。

あえて啖呵を切っているのかそれとも素で書いているのかはこのさい問わないとして、この甲斐性ありそうな物言い。
青と白との違いというより、被植民地根性とその反対との違いは何かについてのヒントをいくつか拾ったような気がします。思わぬところで。