Archive for 10月, 2007

民衆の芸術

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創刊80周年リクエスト復刊です。
たしかに、初版(1953年)当時よりも今現在のほうがより多数の人に受けるのかもしれません。
書店員裁量であえて雑誌コーナーに平積みするとすれば、一昔前なら「暮らしの手帖」「銀花」の脇あたりなのでしょうか。
いつの間にかずいぶんタイトルが増えている界隈、読者数も増えて、いるのかなぁと。
雑誌の実売部数事情に詳しくないので実情は判らないのですが。

訳者解説の末尾よりすこし前あたり、今でもたぶん通用しそうな意地悪さがあります。

イチロー(たぶん)かく語りき

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あぁもちろん党首のほうです。以下「世界」論文要約です。なんだかアマゾンユーズドで値がついてますが、先週の金曜日、アバンティブックセンターには普通に積んでありました。100冊くらいありました。

なんでテロ特措法はダメか。なんでOEFじゃなくてISAFなのかというと、OEFが米軍活動であるのに対し、ISAFは国連活動だから。

テロ特措法による海自の活動は米国の自衛権発動を支援するものであり、日本にとってはすなわち集団的自衛権の発動に他ならない。だからダメ。憲法的にダメ。

第一、「安全だから」「安上がりだから」という理由で続けられる「国際貢献」にどれほどの価値があるのか。アメリカ様のご機嫌を取る以上の利があるのか。そろそろそういう不名誉な地位から脱却すべきではないか。

ISAFは国連の活動。つまり国際社会の秩序と平和を守るための活動である。「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたい」と謳う憲法の理念に合致する。

だからといって、国連の言うことにすべて従うというわけではない。私が言いたいのは、国連決議で認められた平和活動に参加することは、憲法には抵触しないということである。参加するかしないかはその時の政府が決めること。国連が認めない活動には参加しない。国連が認める活動には参加することができる。

日米同盟を蔑ろにするつもりはない。日米同盟と国連中心主義は矛盾しない。相手の言いなりになるのが同盟関係ではない(ジャイアンとスネ夫の関係を同盟と呼べるか)。日本がアメリカの同盟国なのであれば、嫌われ、孤立していくアメリカに忠告すべきなのである。一緒になってみんなから嫌われてどうするの。

というわけでISAF参加しますよ。政権取ったら行きますよ。「普通の国」なら当然でしょ。憲法だって理念的にも9条的にもまったく問題ないしね(どこぞのお馬鹿さんのせいで改正も遠のいたし…)。武器使用? そういうのは世界の常識に従えばいいんだよ。

共産党宣言

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「これは他(のマルクスの著作)と違ってムツカしい言葉は使ってないから」と相方が言った「ムツカしい」レベルは私とかなり差があることが判明しました。
差があることは自覚していたつもりでしたが、あらためてしみじみと。
何を言ってるんだかさっぱり分かりません。
ところどころは分かるのですが、指し示している方向というのか、著者が思い描いている到達点がどんなだかどうにも像を結べません。

しかしともかく読了とともにカゼが治りました。
カール(チーズ味)は幼少時の大好物だったのですが、マルクスは今の私にはまったく歯が立ちません。
せめてカントをきっちり読み直してヘーゲルにも目を通してから出直したいと思います。

ドイツ・イデオロギー

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赤でも青でも黒でもなく、緑の色鉛筆(蛍光ペンではない)で傍線が引いてある古本に初めて出くわしました。最初はなにか非常なこだわりを感じたのですが、50頁以降は書き込みが見られないところからすると、こだわりとかいうものではないのかもしれず、よくわかりません。
そしてカゼが治りません。なんだか長引きそうな厭な気配です。

経済学・哲学草稿

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この本を読み始めてからどうにも寝付きがわるくなり、ついに4年か5年ぶりかでカゼをひきました。
続きが気になって眠れない興奮させる内容ではないと思うのですが、脳内再変換を要する奇天烈な日本語訳文でもないのですが、なぜか…。
前半、ものすごく引用が多いことともたぶん関係はない。
傍点がやたら多いせいでしょうか。
モンテスキューはわりに快眠を導く本だったのですが。

ユダヤ人問題によせて ヘーゲル法哲学批判序説

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おやつはカール(明治製菓)のカールはマルクスのカールか、と唐突に思ったのですが、まさかそれはないですね。
マルクスの肖像写真カールおじさんの類似点といったら髭が黒いことくらいしかなさそうですし。

相方が実家から拝借してきただかでマルクスエンゲルスが何冊か有りますので、順当にいくとジョン・ロックにとりかかるべきところですがしばらく経済・社会に脱線です。

とりあえずこの1冊だけでは、30年以上前に父母世代がのめり込んだのは一体何だったのやらさっぱり分かりませんでした。
これ、本文をきっちり読んでいた20代は当時どれほどいたのでしょうか。解説部分だけでなく。

ヘーゲルを読んでいなくてもどうにか目に留まったのはジム・クレイス『四十日』のネタとおぼしきくだり、1カ所だけでした。

(p. 60) 破産した商人は、裕福になった説教師が商売をやって行くように、福音で商売をするのである。

法の精神 (下)

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全巻通して頻出する「タタール人」、タタールと聞くとどうしても今現在中国で公認されているタタール族(→中国の少数民族)の外観(ロシア系)を思い浮かべてしまうのですが、ここで言及されている当時のタタール人はモンゴル系を含むらしく、戸惑いました。
トーマス・マン『魔の山』のヒロインが「キルギース人の瞳」というのでつまづかされたのとたぶん同種のギャップです。