Archive for 3月, 2006

現在のフランス国王は禿である

Posted in 哲学 | No Comments »

ラッセルがバランスの人だということがよくわかった。

心か物質か、たいがいの人はどちらかに振れてしまうものであるが、ラッセルは中性一元論を編み出して、その危機を乗り切った。

モレルかウィトゲンシュタインかという選択においてもそうだ。たいがいの人はどちらかに寄り切ってしまい、身を持ち崩したりするわけであるが、ラッセルは見事に等距離を保った(と信じる)。モレルはたぶん喜んだ(と思いたい)が、ウィトゲンシュタインからは激しく批判された。

ラッセル・アインシュタイン宣言に「人類」という言葉が頻出するのに対しラッセルは、「人類」という概念は抽象的すぎて、一般の人には親しみが感じられないのではないか、それが戦争をやめられない原因なのでは、と心配したという。理想言語と日常言語についても、どちらが素晴らしいとかどちらが本物であるとかを、決めつけてしまわずにうまい具合にやれたのは、ラッセルだからなのではないか。

中性一元論って、誰もがうっすらと考え浮かべていることなのではないだろうか。やっぱりな、身体に魂が宿るとか、客体は主体の中にあるとか、リアリティがないもの。お話としてはうまくできてるんだろうけどね。

実体なんて誰も信じてないのに、信じるふりをしているのはなぜか、その方がむしろ不思議だと僕は思うのだ。

で、中性一元論って?

三四郎

Posted in 日本文学(近・現代) | No Comments »

なんといっても佐々木与次郎です。

この狂言回しがいなければ、きっと(『坊っちゃん』と同じくらいに)つまらないと思ったことでしょう。
「どんなに古本屋で入手し易かろうともう漱石には手を出さん。うきー」と誓っていたやもしれません。
与次郎さまさまです。
とくに86頁は最大の見せ場、やはりこういう突っ込み役は是非とも必要なのです。
ムードもへったくれも無くなってしまうとしても。

坊っちゃん

Posted in 日本文学(近・現代) | No Comments »

ここまで滔々とよどみない一人称の語りを初めて見ました。
躊躇や感歎や陶酔や絶句などの「……」をいっさい独白に混じらせない主人公、
歯切れ良いといえばいいのですが、しかし「痛快」との解説にはちょっと同意できません。
あまりにも独り合点すぎて、こういうひとが権力を持ったら、なんだかアメリカ的だな、と怖くなりました。

抹茶バームクーヘンにバニラアイス

Posted in アイスクリーム | No Comments »

京はやしや

(→公式HP)

で手土産に買いました。

060326.jpg

そもそもは、4桁もの値をつけたパフェってどんなシロモノなのか、と確認しに行ったのです。
ところが、なぜか京都三条店のメニューと価格は、サイト上のとだいぶん異なっていたのでした。
パフェ類の値段も、850円。とくに珍しい額ではない。
どういう事情かは不明です。

それはともかくとしても、全般にかなり気前良く濃厚な抹茶味、さすがです。
このバームクーヘンだけでなくチーズケーキもアイスも寒天も、「風味」というには言葉が足りないような濃さでした。

全裸で

Posted in 外国の小説 | No Comments »

とにかく、全裸で。

宇宙からきたナメクジ状の生物が人間にとりつく。とりつかれた人間はナメクジに支配されるが、一見したところふつうの人間と変わりない。肩の辺りにとりつかれるので、若干猫背かなぁ、という程度。なので、とりつかれた人とそうでない人とを区別すべく、合衆国大統領は「上半身裸体計画」を布告する。その後の調査でナメクジは下半身にも隠れることが判明したため、「上半身裸体計画」は「日光浴計画」に切り替えられた。まぁ脱げ、話はそれからだ。というわけである。

と書くと、まるでユーモア小説みたいですが、実際ユーモア小説です。引用してみましょうか。どこでもいいのですがまぁ適当なところで。

われわれは、あらゆる戦線で敗北を重ねていた、全裸で。彼らと直接戦うには、彼らをどれだけ殺せるかという確信もないのに、わが国の都市を爆撃しなければならなかった、全裸で。われわれの最も欲していたのは、ナメクジを殺して人間は殺さない武器、あるいは人間を活動不能にするか殺さず意識不明にしておいて、そのあいだに人間だけを救い出すことを可能にするような武器だった、全裸で。

注:「全裸で」は引用者追記ですよ、念のため

がしかし、ただのユーモアで終わらないのがさすがはハインラインで、ここからはネタバレになりますのでご注意下さい。

Read the rest of this entry »

ヴェニスの商人

Posted in イギリス文学 | No Comments »

話の筋が格別に入り組んではいないうえに、どの登場人物もセリフがいちいち長いので、目で読んでいるとつい、すっ飛ばしてしまうのでした。
劇として耳で聴くのならこんな罰当たりなことにもならないのでしょうか。
しかし、上役のギャグに付き合うのがしんどい、というのはこういう気分なのかとも、ちょっと思いました。

蘭学事始

Posted in 日本思想 | No Comments »

開国にどれほどの弊害があるにせよ、鎖国はまっぴら御免、という己の立ち位置を再考させられました。
つまり、永久に立てこもる(そして内側から腐ってゆく)のは論外としても、一時的に閉ざされた不自由に置かれるのはわるくない。
エネルギーを蓄えるのには。
「なにも規制が無いと、生きるのにメリハリがつかない」のもひとつの真理ではあります。

が、しかし…その「規制」をお上から与えられるのはやっぱり御免です。
鉄でも竹でもカーテンが厭なことには変わりはありません。
「むかし(江戸→明治の開国期)の人は偉かった」のは認めます。が同様の人生を送って偉くあるべし、とはやはり思えませんでした。

そして本書の膨大な註は、必読です。
とくに、本文を読んで著者の情熱にのぼせあがった人(私のことです)等には、いったんすこし頭を冷やすためにも、ぜひ。
だてに本文以上の分量になっているわけではありません。

いちご大福

Posted in おやつ | No Comments »

なかなか春らしい暖かさにならないので、せめて気分だけでも。

いちご大福粉を混ぜる

これがまたわりに手軽に作れてしまうものなのですね。

いちごを包む

和菓子というより点心のように見えますが、けっして中華まんではありません。

いちご大福完成

こしらえ方よりむしろ、白あんの入手に手間取りました。

ういろうにバニラアイス

Posted in アイスクリーム | 2 Comments »

いただきものです。
かまぼこではありません。
まさかこんなに絶妙の取り合わせになろうとは予想もしませんでした。
それぞれ単品で食べるより旨いと真剣に思います。

060319.jpg

(→メーカーHP:大須ういろ)

大須ういろ社は、青柳ういろう社と比べると地味めでカタい、となんとなく思っていたのですが、
あらためて見てみると…シューういろ…。

風姿花伝

Posted in 日本思想 | No Comments »

「花」といわれてスッと頭に浮かぶ花は、ここでは「誠の花には非ず。ただ、時分(年齢が過ぎれば散っていく)の花なり。」と言われてしまいます。
そして四十四、五のころまで失せない花こそ「誠の花」と。

いっそ誠の花でなく実あるいは果とでも書いてくれると分かり易いのになぁと思いつつも、よくよく考えてみれば、誠の花もゆくゆくは失せるわけですから、ここはやはり「花」と呼ぶのが正しいのだなと考え直しました。

ところでこれが日本思想に分類されていることにちょっと違和感をおぼえます。芸術ではなにか問題があるのでしょうか。