Archive for 9月, 2005

ダブリンの市民

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何を置いても「アラビー」。清兵衛と瓢箪で私が勝手に期待した愛が、19世紀末のダブリンにありました。

バザーに行けないという女の子に対し、少年特有の照れからそっけない態度をとりつつも、「もし行ったら、何か買ってきてあげる」と、請け負う「ぼく」。この時からアラビーという名のバザーは彼にとっての至上命題となる。しかし。アラビーは遠い。物理的にではなく身体的に遠い。叔父はアラビーの価値に気づかないし、時限は刻一刻と迫る。アラビーの価値可能性を仕方なしに悟った叔母の援助により何とかアラビー行きを実現するものの、結局知ることになるのはアラビーの無価値性だった。少年ゆえの無知と無力によるあわれ。

「対応」のファリントンや「痛ましい事故」のミスター・ダフィーや「死者たち」のゲイブリエルも確かに哀しい。しかしそれは無知ではなく無理解ゆえの哀しさなのです。いや、むしろ痛い。共感して戦慄する種類の痛みです。痛ましいのは事故じゃなくてお前だと突っ込まれうる。突っ込まれれば目が覚める。つまり、気づきうるのです。しかし、アラビーの「ぼく」は、ただ知らされるだけ。知らなかったことを知らされるだけ。知らされてそこに残されて、結局は流されるのです。あえて言うなら、ここに萌えが存在します。

グッとくるのです。

コパン(バタートースト味)とバニラアイス

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これ(コパン)単体ではスナック菓子としてちょっと物足りなく感じたのですが、そのあっさりかげんが却ってアイスにはよく合いました。旨いです。別の味でも試してみたいところです。

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(→メーカーHP:明治製菓/コパン・バタートースト味)

あか巻とバニラアイス

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連日の大人げない喰いです。
天草名物とのこと。赤い求肥餅の部分がナイフにぺたぺたとくっつくため切り分けるのにやや難儀でした。アイスと共に食べると、ちょっと雪見だいふくを思い出させます。

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(→メーカーHP:イソップ製菓/あか巻)

スイートポテトとバニラアイス

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かなりどっしりまったりとした菓子です。見慣れたスイートポテトはもっと小さく軽いものだったので、まずその大きさと重量感に驚きました。
おやつはこってりと濃いほうが好きな私たちには、大当たりでした。
これに更にアイスクリームを添える過剰、大人(だれも叱る者はいない)の醍醐味です。

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(→取り寄せ情報:四季舎/スイートポテト)

ミステリーなのかミステリィなのかはっきりしろと

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知らん間に新作が出ていたのでサクッと読んで、カクッとレビュー!以下完全ネタバレ、茫然読者、アタタカイトコロヘイキタイナリ〜。

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「いき」の構造

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本文52頁から58頁、「いき」の客観的表現についてのくだりを読んでいて、頭の中に飛来したのは中山美穂でした。
萬田久子でも吉永小百合でも桃井かおりでもなく。

引き合いに出される著作(ニーチェ、ベルグソン、フッサール、ハイデッガー、近松秋江、菊池寛、永井荷風などなど)をほとんどどまったく読んだことなくても面白い、のですがやはり元ネタを知っているとまた面白さ倍増かなと期待されます。

とりあえず、鯖書房の2人と1匹が「いき」とも「風流」とも縁遠いことだけははっきりと分かりました。この苦行が終わった後でもういちど読み返したいと思います。

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神

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計ったかのようなタイミングで。嵐吹き荒ぶであろう四年間を暗澹たる気分で迎えつつ。

「時は金なり」とか「働かざるもの食うべからず」といった近代資本主義の精神はどこから来るのか、ということで、ヴェーバーはその起源を禁欲的プロテスタンティズムの天職倫理に求めます。

ピュウリタンは天職人たらんと欲したーわれわれは天職人たらざるをえない。

文字通り洗礼を受けていないわれわれは、一体どんな顔をして「たらざるをえない」と吐けばいいのでしょうか。たらんと欲する人達は此岸に何を見ているのでしょう。

フェルディナンド・キュルンベルガーは「貨幣は繁殖し子を生むものだ」と説教したベンジャミン・フランクリンを「ヤンキー主義の信仰告白」と揶揄したそうですが、そのヤンキー主義に支配される非プロテスタント国の未来は、いったいどういうものになるんでしょうね。プロテスタントに商売替えした方が幸せになれるのかな。

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茶の本

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てっきり骨董価値で威光をつけた「(実用書コーナーに並んでいるような)茶道入門」かなと憶測していたら大ハズレ、たぶんこの先もずっと不朽の
「脇役道」「脇役心得」または「脇役真髄」です。

冒頭で、異議申し立て先として「西洋」とされているのが流石に時代を感じさせます(英語版の原著は1906年・明治39年に出版。これが20年くらい前の日本だったらさしずめ「西洋→男」とでも脳内置換されて読まれたりしたのか…)が、「西洋→聞く耳を持たない人」と置き換えればまるきり今現在の著述としても読める。

いまひとつ自分の中ではっきりしていなかった「古典」の定義がおぼろげながら見えてきたような気がしてきました。
一見したところ時代遅れのようでも、ちょっと単語を変換しさえすれば、ちっとも朽ちてなどいない。
ひとまず条件その1ということで。

バタークッキーのアイスサンド

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口溶けのなめらかなタイプのクッキーなので良い具合に口の中でアイスと混ざります。
ブルボンといえばビスケットやクッキーのメーカーとばかり思っていましたが、けっこう手広くいろいろと作っていたのですね。ミネラルウォーターやらゼリーやら、カンパンまで…
それはそうと、子供の頃この類いの箱入りクッキーは「お高い(1日分の小遣いでは買えない)もの」だった記憶があるのですが、例によっていつの間にか、えらい値下がりぶりです。近所のスーパーで1箱80円もしませんでした。

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(→メーカーHP:ブルボン/バタークッキー)

風土

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「エアコン」と「アメリカ」の2章を追加した改訂新版を誰か書いてくれないものか。