Archive for 8月, 2005

それにしては尻尾が長い

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黒ウサギと白ウサギ版の『ぐりとぐら』かと思いきや、アテが外れてしまいました。

雨だからケーキでも作ろうというおばあさんの提案は早々に却下。そしてよくよく見てみると、どうやらウサギではないようで…。

クリームチーズにバニラアイス

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口の中で溶ける速さがまったく違うせいなのか、期待したような「渾然一体となってえも言われぬ美味しさ」にはなりませんでした。
まずアイスが溶けて美味しい→しばらくするとクリームチーズが溶けてきて別の美味しさ
けっこうな時間差です。
あらかじめクリーム液にチーズを練り込んだらまた具合が変わってきそうではあります。

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武家の女性

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カウンターパンチ:

お正月などには土鍋に黒砂糖をとかしてグツグツ煮立て、その中にお餅をいれて煮てから黄粉をつけるので、それはたいそうおいしいものでした。

来正月に餅が余ったら、もうこれに決まりです。

近代日本人の発想の諸形式

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ある時代の生きた人間の姿を文学の中にとらえるためには、表現のマナリズムをどう脱するか、ということが根本問題であって、それが二葉亭の、ここに述べたような、伝統的表現の力の不足と、外国文学のジカな影響の取り入れ、という二つの偶然事によって実現したのである。この問題は更に後に何度も繰り返される重要問題である。

おそらく今現在でも繰り返されている「重要問題」かと思うのですが、しかしやはり問題の全て、というわけではないのでした。

6年ばかり前にはじめて町田康を読んだとき、それは新鮮でした。しばらく後に赤坂真理を知人から教えられ、その「新鮮な文体」が1人の特異な作家に限った傾向ではなかったことを知り、そうして舞城王太郎を3冊読んだ頃にはもうなんだか気が済んだような感じがしていました。

が、町田康の「人生の精」はたぶんこの先なんども読み返したくなるだろうと最近になってあらためて思います。
フランス料理店で海苔巻きテロル。このセンスをどうにかして一神教徒に伝導できないものか。

文体の鮮度が落ちても、即「飽きがきた」とはならない要因はなにか。
考え中です。

山椒大夫・高瀬舟 他4篇

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数年前、高橋源一郎が朝日新聞夕刊に連載していた小説で、物語中のフィクション夏目漱石が森鷗外に「だいたい、おまえの小説は難しい漢字が多過ぎるじゃん」とかなんとか言い放つエピソードや、これがなくともさらに以前から、なんとはなしに恐れをなして読まないままでいた作家でした。
たわけでした。
『吾輩は猫である』の1頁目で挫折したからといって、森鷗外を受けつけないという理屈はない、それはそうだ。
この企画がなかったら一生食わず嫌いのままでいたかもしれません、無謀なことを始めた相方にちょっと感謝しました。

ふと、ふだん音楽を聴く習慣がないのと、森鷗外の小説が性に合うのとはなにか関係あるのか、と思い立ったのですが、よくわかりません。ひとまず保留の問題です。

レモンアイス

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レモン果汁をクリーム液に混ぜてから冷やし固めた→さらっとした舌触りになりました。アイスクリームならではのねっとり感がほぼ消えています。小鉢ひとつあたりレモン1個分の果汁、というのは多過ぎたようで、甘さもほとんど感じられないような…むしろフローズンヨーグルトに似ていなくもありません。

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バニラアイスにレモン果汁を絞りかけつつ食べる→「ゼリーかそれともアイスクリームか?」と訊かれたら断然アイス、という方ならばこちらのほうが良いと思います。ねっとり感も甘さもあり、かつレモンの香り、けっしてちぐはぐなことはありません。

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柿の種とバニラアイス

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辛味はまるきりかすんでしまいました。奥歯で噛むとき、おかきの気配を感じるていどです。ここまでアイスの甘さに負けるとは、ちょっと予想外でした。

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柿の種

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類い稀なる物理学者による冴え渡る予言の数々。その先見性には目を見張るものがある。

映画の入場料を五十銭均一にしたら入場者が急増したという話を聞いて、筆者はこれが五十銭ではなく四十七銭均一で、いちいち三銭の釣りをもらうのであったら、こんなにも流行らないだろうと予想する。そして、その打開策として。

偶然友人の経済学者に会ったので、五十銭銀貨の代わりに四十七銭銀貨を作って流通させたら日本の国の経済にどういう変化が起こるかという愚問を発してみた。これに対する経済学者の詳細な説明を聞いた時は一応わかったような気がしたが、それっきりきれいに忘れてしまった。

筆者は「忘れてしまった」と書いているが、自ら「愚問」としていることから、このような試みは何の意味もないことを悟ったであろうことが読み取れる。中途半端な額面の貨幣を作っても誰も使わないし景気は好転しないと。ああ、似たような話が最近どこかの国でありましたね。

次は短いので章全体を引用してみる。

新しい帽子を買ってうれしがっている人があるかと思うと、また一方では、古いよごれた帽子をかぶってうれしがっている人がある。

筆者は「また一方では」と書いたが、真意はそうではない。彼は将来、両方をうれしがる人が現れることを知っている。そしてその答えはジーンズショップにあるだろう。

最後に引っかかるのは書名、すなわち「柿の種」である。私にはこれが何かを訴えているような気がしてならないのだがどうか。明後日あたりに何かが起こるような気がしてならないのだがどうか。

いちじくジャム添えアイス

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完全にバニラの風味に負けてしまいました。
ほのかな味わいのジャムはパンに塗って食べるのが無難のようです。

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ある歴史家の生い立ち

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こうした読書の際の感想は、書物の端に書ききれなくなると、筆記帳に書き入れた。…(中略)…その意見の浅薄さ加減については気にかけなかった。今日になって開けてみると、思わずタラタラと冷汗が流れてくる。というのは、その内のほとんど全部がむだ話で…(中略)…しかし…(中略)…またこうも教えられた。私が現在に満足なものと認めているものも、努力してやって行きさえすれば、10年の後に見なおすと、やはり同じように恥ずかしくて冷汗をかくのである。

はたと気づけばこの企画もじきに50冊、この時期にこの文章に行き当たったのは天の配剤ということにして、今後の励みに長い引用をしました、ご容赦ください。