Archive for 6月, 2004

新電気ムーブメント(オーム社)(嘘)

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一ヶ月近くあいてしまいました日々の読書も(通称罅髑)ですが、新現実後はどういったことかと申しますに。

まぁあれやこれやと麻耶雄嵩『まほろ市の殺人秋ー闇雲A子と憂鬱刑事』、もはやタイトルからして騙されておりました。気づくよふつう。最初からおかしいと。でもさっぱりわかりませんでした。読者として都合よすぎ。「あなたが優しくなったら」…。そうですね。優しくなりましょう。

で、舞城王太郎『九十九十九』。満を持して『九十九十九』。メタ探偵のメタの部分を抜出して特化した戦慄の九十九十九。「はうら〜ふうら〜ほいね〜」と九十九十九。美しさのあまり素顔を見たものは失神するという九十九十九。このへんの出生時エピソードだけで、ごはん三杯はいけますな。

それから新規開拓奈須きのこ『空の境界』新伝綺ムーブメント。そもそも伝奇というのが何やらよくわかっておらず、ひとまずシュバイツァーとか野口英世でないことはわかった。笠井潔の解説は読まないといけないのか、などと書いてみて、笠井潔解説だから読んでみようと思ったくせに。とはいえ小説自体がおもしろいので笠井の解説は読まなくていいかも知れない。現在下巻のあたまであの人がやられたところ。どうなるのかしら。

で、リンクしようと思ってアマゾンに飛んだらユーズド価格で4000円も5000円もついている『空の境界』。新品(もちろん定価)でも24時間以内発送になっているのに、何が起こっている『空の境界』。

パンを焼く機械

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台風が過ぎ去ってやれやれと思ったら滋賀は唐突に真夏のような暑さです。日差しの気迫に負けて今回は機械に頼ることにしました。
パン焼機といいながら、ケーキだのアイスクリームだのも作れる、なかなかに重宝な家電です。5年ばかり前に友人宅の押し入れで眠っていたのを譲り受けました。
材料かくはん時の作動音が相当にやかましいのがやや難ではありますが、卵を泡立てたり小麦粉をふるったりの手間がかかりません。おそろしく雑駁な仕込みをしても、きっちりと焼き上げます。
暑さにも負けず。頭が下がります。

 

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律義に空間を論じる

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ランドルフィが分からない作家だとすれば、ペレックは分かる作家だ。言い換えれば共感できる作家だ。たぶんこの人とならうまくやっていけるだろう。エレベータや帰りの電車で一緒になってしまったとしても、話題がなかったとしても、特に困らず過ごせるだろう。

「できるだけ、もっと身近な空間について語りたい」とペレックは言う。空間といっても、私たちはXYZ軸だとか無限の宇宙だとかに興味があるわけではない。哲学だとか物理学とかでお茶をにごされるのは本意ではない。だからペレックは、「ページ」からはじめる。空間の内と外、前と後を描き、空間を読む。ベッド→寝室→アパルトマン→集合住宅→通り→地区→街→田舎→国→ヨーロッパ→世界→空間、といった具合に。「アパルトマン」や「通り」に対する情熱とは裏腹に、「国」や「ヨーロッパ」には恐ろしくそっけない。ほとんどページを割いていない。私だって「日本」とか「アジア」とかいわれても困るし、それはつまり空間として稀薄だからだろう。空間は必ずしもXYZのように均質ではない。

また、本書は極めて実用的である(カテゴリを外国文学にするか実用書にするかで迷ったくらいだ)。「アパルトマン」では部屋を一週間周期で分ける提案が行われる。曜日ごとに過ごす部屋を変えるのである。月曜室は洗濯場。火曜室はサロン、などなど。しかし、問題がひとつ。うちのアパルトマンには部屋が3つしかない。よって、日曜日は浴室に決定。

「生きること、それは空間から空間へ、なるべく身体をぶつけないように移動することなのである」。なるべくぶつけたくないとは思うが、結構ぶつけてしまう。それを気にするかしないかで、人間を分類することも可能だ。

まったくの余談、この翻訳本は少し縦に長くなっている(何という判型かは知らないが、この形は素敵だ)。クノーの『文体練習』と同じだ!と重ねてみたら、少しだけ違った。少しだけ違いましたよ。

人の恋路の邪魔をする

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まず分からないのは、ジョヴァンカルロがグルーに恋をするということだ。グルーの登場はあまりにも唐突である。

大学生ジョヴァンカルロは叔父一家宅を訪れ歓迎される。夕食を伴にしながら盛り上がるのはジョヴァンカルロの雇っている下女の悪口だ。叔父叔母従姉妹たちの執拗なまでの非難や罵詈は常軌を逸し、この時点で読者は奇妙な匂いを嗅ぎ取るわけだが、そこに現れるのがグルーである。

グルーに対する叔父一家の反応もおかしい。突然現れた赤の他人にびっくりするわけでもなく「一同はうれしそうな声をあげた」。なぜ来たのかも分からないし、彼女の足は山羊の足である。スカートからのぞくのは山羊のひづめなのである。まったく意味が分からない。しかも彼女は言う。ジョヴァンカルロをひじで指し、言う。「彼と一緒に出かけるために来たの」。

ジョヴァンカルロは怒り(意味が分からないものに対する反応として、怒りは妥当であろう)、動転し、口に出してしまう。「彼女は山羊の足をしているよ」。

しかし、一家が注目するのはグルーの足ではなく、発言者ジョヴァンカルロの方である。まるで狂人を見るように。叔父「は、は、きれいなあんよだねえ……」。

成り行き、ジョヴァンカルロはグルーを送ることになる。饒舌な彼女に戸惑う彼。この道行きは一体何なのか。ジョヴァンカルロは何に巻き込まれているのか。恋の始まりなのか。

断言できる。第一章とエピローグだけを読んで、途中の展開を予想するのは絶対に不可能。エピローグは、ふつうだ。あまりにもふつうの場景だ。二人の恋を邪魔したものは何か。第一章の不可能が、不可能として決着するのは何か。山羊なんだろうなぁやっぱり。めぇ。

フローズンヨーグルト

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アイスクリームとほぼ同じ製法だったのですが、えらいカチカチに冷え固まって、頃合いに溶けるまでしばらく待ちました。
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探偵たる所以

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探偵がいなければ、探偵小説は成立しない。

他に被害者や犯人も不可欠のように思えるが、これは必ずしもそうではない。例えば「事故」だった場合、犯意を以て犯罪を実行するものとしての犯人は消滅するし、同時に(狭義の)被害者も意味を成さなくなる。被害者も含めて全員がグルだったという小説もあった。

しかし、いかなる特殊事件においても、謎を解くものとしての探偵の存在を否定することは出来ない。事故だろうがグルだろうが、謎が存在する限りそれは解消されねばならないのだ。そしてその、謎を解くという機能を抽出し、具体化したものを探偵という。

その意味において木更津悠也は探偵ではない。探偵ではなく名探偵なのである。なぜ彼が名探偵なのかは探偵である香月実朝が指摘しているのでここでは繰り返さない。ただ、探偵と名探偵ではそもそも役割が違うし、名探偵が必ずしも探偵役にふさわしいわけではないということだ。

大事なことなので、何度でも書こう。探偵小説に探偵は欠かせない。

だからこそ、麻耶雄嵩の『夏と冬の奏鳴曲』は特別なのだ。本来ならありえないことをやってしまったのだ。冬ソナだか何ソナだか知らんが、日本の夏は蒸し暑いよってことだ。あせもかゆいよってことなんだ。

チョコフレークのセミフレッド

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イタリアのデザートらしいのですけども、しかしチョコフレーク入りのアイスクリームとどう違うのかというと…どこも違いはしないような。
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あちらとこちらを区切る線

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橋本敬がおかしい、おかしいんですよと、大騒ぎしながら読んだが、最後まで読んで合点。「Three」からは三郎の嘘なのですね。それを認識した上で再度ページを繰ると、一度目とは微妙に印象が違ってくる。というわけで続きは完全にネタバレです。

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ポムポム

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ヨーグルトをオーブンで焼くとさてどんなことになるのやら大変に不安でしたが、格別にけったいなことは起こりませんでした。
なにがどうポムポムなのかは不明です。
食感はかなりしっとりとしています。

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続・未確認物体

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 例によって見て見ぬふりします。