Archive for the 法律・政治 Category

ヴァジニア覚え書

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以前は青版分類だったようです。

自分がたったいま住んでいる地方自治体の食料自給率が20%にも満たないことすらつい最近に知ったという有様なのに、200年以上前に書かれたヴァージニア州知事による覚書なぞ読んでどうするのか、我ながら脈絡のないことをしているなと思います。
手元にある岩波文庫版が初版から30年ほどで3刷というのも、それはそうだろう、妥当なところでしょう。

たとえ米国移住予定があるとしても、なにぶん古い話なので実用にはちょっと。
ところがこれが、面白いのです。

激越な描写(血とか猟奇とか)は殆どありません。ご当地の動植物やら産物から、昔の著作ならではの無造作(明解)なヒト(先住民・奴隷・入植民)の権勢状況解説まで、
淡々と、しかし面白い。

図版の添付がまったく無いのが惜しいところです。

近代民主政治 第四巻

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三巻での感想をすこし訂正します。
60年強そのままアメリカのコピーをしてきたというわけではなくて(むしろ今現在のほうが’ひねりも応用もなくそのまま真似’しようとしているような気が)、20年くらい前まではとても上手く立ち回っていたのかという気がしてきました。そうとしかならなかったのかもしれませんが。
表向き民主制の体裁をとってるけど実際のところ専制政治、として本書で紹介されている議会の例が、なんだかもう、日本の国会の55年体制の描写そのままで、
冗談のように。
「実は旦那を手玉にとっている妾」を見事にこなしていたのか。
現在は、旦那が変わったのか単に手加減しなくなったのか
妾が劣化したのか娘の代になっておぼこくなってしまったのか、
どっちもなのでしょうか。

そして、中国は連邦制でいくのが無難なのじゃないかという意見も既に書かれています。
毛沢東→鄧小平と経てから出てきた見解だとばかり思っていました。

その早さに驚くだけでなく、ウロコの落ちた箇所も、引用しはじめるときりがないほどありました。
自分の視界の狭さとレンズの曇り具合を何度も思い知らされました。

(p. 66) 最も熱烈なる民主主義者と雖も、「多数者は常に正しい」、換言すれば、「投票によって到達された断案は総て賢明である」とは曾て主張しなかった。彼等は民主政治の真諦は、少数者が勧誘なる方法によって、従来多数者の行っていた行為を変えさせ、或は自身多数者となってその決議を変更せんとする不断の努力に存すると考へていた。多数者を尊重すること最も少なきは革命主義者である。彼等は常に、若し一度彼等の行動の驚嘆すべき結果が示されるならば、それは一般的賛成を得るだろうと主張し、普通選挙に基礎を置く政治に於いてすら議会の決定を廃棄せんがための暴力の行使を是認する。

4冊読み終えてみてもやはり、漢字と仮名遣いが旧式なことを除けばそんなに読み辛い日本語ではないし、内容も決して過去の遺物にはなっていないと感じます。
政治を志す人には基本中の基本テキストになりそうな本なのに、どうもあまり売れていなさそうなのが本当に不思議。
どこか別の版元から新訳が出ているのでしょうか。
売れてないけど図書館での回転率は良いとか?

近代民主政治 第三巻

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アメリカ(続き)、オーストラリア、ニュージーランドの章が収録されています。

アメリカの部分はトクヴィル『アメリカのデモクラシー』とセットで読みたいところです。

ひとくちに「民主制」とは言っても、細かな取り決め(公務員の任期とか裁判官の決め方とか)やら前提条件(国土の大きさとか資源とか)によって状況はだいぶん異なってくることを今更ながら勉強です。
オーストラリアとニュージーランドの内政、だいたい同じような感じなのかなと、漠然と思い込んでいました。

先達はなにもアメリカに限られているわけではまったくなくて、むしろもうちょっと小規模な国のほうが、日本には参考になるのでは、とも思えました。
己を顧みずアメリカに習って従って無茶を続けたらあちこち破れ綻びてというのが現状ならばそれはもう仕方ないとして、まだ視点を変える余地は残っている、のではないか、と。確たるあてはありません。希望ですが。
いまさら鞍替えはできない、のでしょうか。なんとなく、父祖父世代の生真面目さを思うと、妾にしては過剰に操だてしてるだけなんじゃないのかな実は、という気がしたりもするのですが。妾を金銭的に搾り取る旦那はもはや旦那とは呼べないような気がするのですけども…。妾なのだけど気分は正妻なのでしょうか。

近代民主政治 第二巻

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なぜか中途半端なところで巻分けがされていて、第二巻はフランス(承前)、スイス、カナダ、アメリカ(前半)となっています。

スイスと現代日本の絶望的な隔たりに気が遠くなったり、しかし向こうは向こうで大変そうだなとも。
とりあえず、ものぐさと胆のすわってないハト精神と心酔し易い傾向、これらはすべて民主政治と相容れないことがよくわかりました。

そしてどこかで聞いたような話もちらほらと。

(p. 237)     道路や、又或る地方では築港や河川の改修が要求され、鉄道は総ての地方に要求された。蓋し鉄道線路に接近している場合、その地方は開発され、都市は富裕になるからである。…(中略)…地方の投票を得る最も確かな方法は地方の出願者を有り難がらせることであると考へるようになったので、各地方議員は一生懸命国庫を搾り取らうとするやうになった。

これはカナダの事です。

しかし、あちらでは100年近く前の話なのですが、こちらではそんな昔の話ではないところが。
辛いことです。

近代民主政治 第一巻

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地図帳の巻末付録データに「各国の政治体制」の項目もあればいいのにな、と思っていたのですが、その代替副読本になりました。
但し、内容は1920年迄の事です。

2000年リクエスト復刊分、しかも第2巻以外は新古本(デッドストック)として購入したので、とくに期待はしていなかったのですが、これは。
著者が19世紀生まれの人というのが惜しい。
おそろしく分かり易くしかも面白いのに最新改訂版を望めない。千年くらい明晰なまま長生きして欲しかった。

旧漢字・旧カナ表記とかすれた活字がハードルになって読まれないのならあまりにももったいない。
最新情報はありませんが、補足もかなり必要でしょうが、「古い」とは思えませんでした。

(p. 59) 民主政治は常に、それ自身結構なものとしてではなく、明瞭なる欠陥の排除、或は明瞭なる利益の獲得の手段として、追及、獲得、評価されており、これ等の目的物が獲得される時、多くは民主政治に対する興味が薄らいでいる。

ミもフタもなく危なげ無いこのバランス感覚。

(p. 92) 談話は読書に較べれば精神がより受動的にならぬ点に長所がある。重要な点は思考で、読書ではない。私の所謂思考は、事実を把握し、其処から推論する力である。対話の中には意見の相違が現れ、その為め精神を緊張せねばならない。…(中略)…自党の新聞だけを、しかもその政治的知識を、犯罪やフットボールの試合の如き雑多の記事とごっちゃに読む人には、問題は一面的でない事を知ることが不必要であり、果して一面的なものか、新聞の書いて居ることには確証があるかなどと反問することは殆どない。…(中略)…政党新聞に指導される近代の投票者は、地主、傭主或は僧侶の命令に従って投票した、八十年前に於けるその祖父と何等択ぶところが存しない。彼等の祖父達は尠くも服従していると云うことだけは承知しておった

そしてここにもまた、しかとは言えませんが白版的男前の気配が。
連れ添って楽しそうというか張り合いありそうな。

権利のための闘争

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安易なクレーマー(「文句つけなきゃ損」とか「ごねればワガママは通る」とか)を鼓舞する本ではありません。
いつのまにか日本はクレーマー天国になっているらしいことを最近あちこちで読んだり見たりしているせいか、タイトルからそちらを予想していたのですが、違っていて良かったです。

我が身としてはむしろ損でも、割に合わなくても、ろくでもない前例を作ってしまわないために、後々のために、闘え、という方の内容でした。
見当ハズレの方向にさえ行かなければ、こういう「常軌を逸する」は貴重です。男前です。

ちょうどたまたま、会計士細野祐二さんの長い話を視聴した後に読んだので、論旨が飲み込み易くて幸運でした。

自然の法典

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わりに全般的な理想を語る本かと思いきや、最後(第四部)にきっちりと具体的な提案付きでした。

人を殺したら洞窟に終身拘禁(死刑ではない)とか、前の伴侶より若いのと再婚はできないとか、怠け者は大罪とか親に逆らう子は大罪とか。

実はこれまで、「共産主義は怖い」というその「怖さ」を具体的な状況としては思い描けていなかったのですが、とりあえず18世紀フランスでの共産主義思想はたしかに怖い。
少なくとも今現在の日本よりはかなり怖いと私は感じました。

共産主義の怖さではなくて「○○主義」の怖さなのかもしれませんが。

犯罪と刑罰

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ところどころ、著者への反論(ディドロによる評注)が傍注形式で挿入されていて、同時進行で2冊読んでいるような気分になりました。

また、一部、わかりづらい下りには、該当する章の冒頭で訳者による補足説明(まわりくどく書かざるを得なかった著者の事情)もあります。
すべてひっくるめて巻末解説にまとめてしまったほうが見た目にはすっきりするのでしょうが、読み易さ優先、ならば、とても親切な構成です。

それはともかく、50年ほど前に書かれた訳者解説の前途洋々な気配に、なにか途方もない遠さを感じました。

フランス二月革命の日々

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事件の記録というよりは、「ひみつのキャラクター帳(家族には見られたくない)」のような。
これを創作のキャラクター設定種本として使った人が実際にいるのではないかと思いました。
これまで読んできた(分類番号上これ以前の)白版とはまったくノリが違います。
文体も違いますし、視点も違います。
訳文の効果も大きいのでしょうけれども、勢いに乗ってページが進む本でした。

法と国家

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国家と法とではどちらが上に立つか、という話が、20世紀初めの欧州を前提に丁寧に展開されます。

日本が「遅れている」とは具体的にどういうことかの一例としても読めますし、終盤(p.246ー247にかけての辺り)などは、日本は気構えの面では遅れつつしかし状況はえらい最果てに来てしまっているのだなと思える箇所も。
自力ですったもんだ考える鍛錬は怠ったままイチャモンつけるのだけ上手くなりました、しかもそれを牽制する「近所の目」は消滅寸前、というような。

しかしこれはやはり、手に取る順番を間違えました。
前半部分はルソーカントヘーゲルの復習(つっこみを含む)になりそうな内容なのですが、私はどれも未読です。
『判断力批判』だけ10年以上前に読んだ記憶はありますがさてどんな内容だったやら。
分類番号順に読み進むのはちょっと考えものかもしれません。

ところで、てっきり『市民政府論』と同じ訳者かと思いきや、別の人でした。
初版発行年には30年ほどの開きがあるものの、訳出作業そのものが行われていた時期はそれほどずれていないせいなのか。訳文体が似ています。
漢字も仮名遣いも新旧と切り替わっているのですが、それでも目を引く、「○○○、これである」。
これは時代の文体なのでしょうか。