Archive for the 日々の読書も Category

しかし著者の写真は出さないほうが無難か

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(注:著者名の1文字目は、「價」から、にんべんを差し引いた漢字になります。)

邦訳版の『廃都』を読んだ限りでは、日本の作家にたとえていうなら渡辺淳一と宮本輝をミックスしたような感じ(作風においても人気の高さにおいても)かなと長らく思い込んでいたのですが、ちょっと考えを改めさせられました。
むしろ椎名誠に近いのかも。
酔っているかのようで実は酔ってない文章だとか、エッセイ(小説ではない)と見せかけて絶妙に読者をケムにまくその手際。見事です。

それにしては尻尾が長い

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黒ウサギと白ウサギ版の『ぐりとぐら』かと思いきや、アテが外れてしまいました。

雨だからケーキでも作ろうというおばあさんの提案は早々に却下。そしてよくよく見てみると、どうやらウサギではないようで…。

2004年の…

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今年読んでおもしろかった本読んだ順。クッツェー『夷狄を待ちながら』(このがっかりさ加減たるや)。鮎川哲也『下り”はつかり”』(安心の大御所、保険に取っとこう)。アントニー『衣裳戸棚の女』(密室は、誰にも内緒でつくられる)。舞城王太郎『九十九十九』(おなかいっぱいごちそうさま)。ペレック『さまざまな空間』(僕らの住んでいる場所は…)。ロブ=グリエ『反復』(一瞬たりともぼんやりするな)。平沢章『オブジェクト指向でなぜつくるのか』(オブジェクト指向はオブジェクト嗜好でつくられる)。Apple『Human Interface Guidelines:The Apple Desktop Interface』(当たり前なんだけど、当たり前ではなかったこと)。バルガス=リョサ『フリアとシナリオライター』(物語は狂騒のうちにつくられる、物語は現実によって破壊される)。塩野七生『ローマ人の物語』(まだカエサル、続きます)。レム『惑星ソラリス』(古いミモイドの底に愛が)。法月綸太郎『生首にきいてみろ』(人形はなぜさらわれる)。というわけで、『生首』は年明けに書きます。

お正月の読情況

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昨日元旦の読書はといえば正月からニーチェもなかろうと分厚い新聞(の広告)を丹念に丹念に味読しておりました。風呂読みでは現在フォーサイト週間で妻が購読しているフォーサイトを週遅れ旬遅れで読んでおります。斜めに読んでいるのでもちろん意味はわかりません。思うに私も「アメリカ追従はよくない」派なので、つまりはよく分かっていないということでしょう。

今年は電撃文庫とスニーカー文庫をたくさん読むつもりです(ほんとうに)。

総括

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今年は清涼院流水で暮れそうな気がする。出鱈目な一年だったので、それはそれでいいのかも知れぬ。存外手間取って『トップラン』ようやく最終分冊。このまま終わっちゃうのかな。

暮れということで、今年読んでおもしろかった本、読んだ順。

ジャン=リュック・エニグ『剽窃の弁明』マニアの受難(すべての事はもう一度行われてる。すべての土地はもう人が辿り着いてる。)。古処誠二『ルール』戦争ってこういうことだよきっと。小野不由美『魔性の子』初。ハムさんのおすすめ。舞城王太郎『煙か土か食い物』何度でも書くがスピードと文体。大塚英志『木島日記』ありえないとは思えない。佐藤友哉『水没ピアノ』剥き出しの主人公。内田百閒(OS X推奨)『大貧帳』元気出ます。滝本竜彦『超人計画』渋谷に行こう。

今年は思ったよりもたくさん読めた。それだけ逃避していたということであろう。来年も逃げます。逃げ続けます。

ぼちぼち読んでます

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初回なので現在読んでいる本を整理する。

舞城王太郎『世界は密室でできている。』講談社ノベルス
清涼院流水『トップラン』幻冬舎文庫
福田和也『悪の読書術』講談社現代新書
『新現実vol.2』角川書店

舞城王太郎は4冊目。順番出鱈目に読んでいる。『阿修羅ガール』というタイトルは素敵だが、いちばん好きなのは『煙か土か食い物』。『世界は密室でできている。』は風呂で読んでいる。風呂に入るのは週末だけなので、あまり進みがよろしくない。「仁丹」を飲み干すシーンがすごい。仁丹状のものが一生口に入れられなくなりそうだ。

清涼院流水は2冊目。ずいぶん前に『コズミック』を読んで、当時僕も若かったので文章が読めなかった(結局最後まで読んだが)。内容については楽しんだと思う。が、いかんせん、文章が読めなかった。僕も若かったので。最近は若くなくなってきたので、読めるような気がして読んでいる。教養としての読書である。麻耶雄嵩や浦賀和宏が読めるのなら読めるはずである。現在2巻目の真ん中ぐらい。ひたすら自作(?)性格診断テスト(?)の解説で、どうやって読んだらいいのかわからない。最後に強力なカタルシスがやって来るものと思われる。

福田和也初めて。妻に勧められ読んでいる。「本にも階級がある」ということを常に意識して、僕も本を読んでいる。読んだふりをしている。似合わない服は着たくないが、やはり期待を裏切りたい気持ちもあるのだ。

須賀敦子といえばタブッキの翻訳しか読んだことないのであるが、男が須賀のエッセイを愛読するというのはどうなのだろう。比喩的な意味一切なしに「コンサバなワンピースを着る」ということになりかねないのではなかろうか。

『新現実』。いつから読んでいるのかわからない。どこまで読んだのかもわからない。どのタイミングで読んでいるのかもわからない。vol.3が出る前に読み終えたい。終わりたい。