Archive for the 南北欧文学その他 Category

完訳 千一夜物語 (一)

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多彩な「引き」のパターンを期待して読み始めたのですが、それはごくシンプルに、
物語中途で時間切れ(朝になるだけで、とくにヤマ場で中断するわけではない)か、もしくは
「もしわたくしを生かしておいて下さるなら、明晩のお話は、今夜の話とはまったく比べものになりません」
ほとんどこのどちらかです。

考えてみれば、読まずにはいられなくなるような「以下次号!」にそういくつもパターンは無いか。

しかし肝心の個々のお話も…なんだかけっこう似たり寄ったりのような。

ただ、登場人物の名前や関係をそれほど長く憶えている必要がない(すぐに次の話に移行する)せいか、
あるいは訳文の名調子のせいなのか、おそろしく小さな活字組(これまで見た岩波文庫中では最小)なのに
意外なくらい速く読めました。
とりあえず第1巻は。

ロボット(R.U.R.)

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描かれるロボットの製造工程が生々しすぎる点についてはさておき。

アルクビスト ロボットは生命ではない。ロボットは機械さ。

二号ロボット われわれは機械でした、先生、でも恐怖と痛みから別なものになったのです

アルクビスト 何にかね?

二号ロボット 魂になったのです。

ここで、「人間になった」と言わせないあたりが実は伏線説、というのはさておき。

第三幕を当世風の結末二転三転劇(視点変更含む)に書き換えれば、猿の惑星ばりのトリックSF映画が作れるように思われる。誰かすでにやってるのかな?

伝奇集

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当たり前のことではあるが、バベルの図書館は現実存在する。

図書館は真ん中に大きな換気口がありおそらく無限数の六角形の回廊で成り立ち、永遠を超えて存在し、そして周期的である

図書館が存在するのは、それが神により創造され、その神からすべての属性を継承するからである(「すべての」と書いたが、神にとって「すべての」は余計である)。むしろ不完全な司書である人間の方が、存在し難い存在なのであろう(余計なものは不完全であるが、不完全ゆえに余計なものを欲する)。

図書館の存在を否定したいのならば、無限に薄いページの無限数からなる「一巻の書物」を出版する他ないだろう。ただしそれには二つ問題がある。

  1. 薄いページに印刷するという技術的な問題
  2. ただ一冊だけ出版するという商業的な問題

いずれも解決(素材、印刷所、版元の確保)が困難なだけに、図書館の存在が不愉快に思われる。偶然の産物でしかない司書の苛立ちなのかも知れない。

コルタサル短篇集 悪魔の涎・追い求める男 他八篇

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「続いている公園」は本を読む人なら必ず一度は空想したことがある。たった2ページほどのことながら、活字と非活字とが融合する様を描ききっている。公園はどこにでも続いている。

「夜、あおむけにされて」は夜を眠る人なら必ず一度は体験したことがある。夢にしては妙だった、と思った朝にはもう取り込まれている。支離滅裂な現実はつまり理路整然とした夢の裏側である。

「南部高速道路」は車を駆る人なら必ず一度は走ったことがある。車は人そのものを表すし、そこから生活が始まっても、何の不思議もない。その生活が一転、崩壊するのは疾走。代えがたい爽快感である。

そして最後は火。じっと見つめていると、その炎が世界で何を焼き尽くしたかがみえる。これから何が焼かれるのかも、もしかすると見えるのかも知れない。